2026年度診療報酬改定。
本体改定率+3.09%という、近年でも突出した高い数字が示すとおり、今回は単なる点数の見直しにとどまらない内容になっています。
人手不足を前提とした医療提供体制の再編、そして働き方やキャリアへの影響まで、幅広い変化をもたらす改定です。
「本当に給料は上がるのか」
「これ以上業務負担が増えたら続けていけない」
「うちの病院は2040年に向けて大丈夫なのか」
そうした疑問が、現場には渦巻いているのではないでしょうか。
私は医療機関の事務職として、長年、診療報酬改定に携わってきました。
今回の改定からは、国が医療機関に対して変化を促す強いメッセージを感じます。そして、そのメッセージを経営層と現場が共有できているかどうかで、その職場の未来は大きく変わるのではないかと考えます。
この度、医療・介護の求人サイト「ジョブメドレー」を運営するメドレー社から取材を受け、現場視点での解説記事が掲載されました。
▶ 取材記事:「【2026年度診療報酬改定】給料や仕事内容、働き方はどう変わる?現場の疑問に専門家が回答」(ジョブメドレー)
本記事では、取材でお話しできなかった内容を含め、2026年度診療報酬改定の裏にある「5つの重要論点」を整理しながら、2040年に向けた組織づくりの道筋をお示しします。
2026年度診療報酬改定の全体像

2026年度診療報酬改定の基本的方針として、以下の4点が掲げられました。
- 物価や賃金、人手不足等の医療機関等を取りまく環境の変化への対応【重点課題】
- 2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携と地域における医療の確保、地域包括ケアシステムの推進
- 安心・安全で質の高い医療の推進
- 効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上
始めに、本改定の全体像を解説していきます。
改定のテーマ:「人手不足前提の医療体制への転換」
冒頭でも触れたとおり、2026年度改定は「人手不足前提の医療提供体制への転換」がテーマになっています。
ここで、2018年度以降の改定の概要を簡単に振り返っていきます。
| 改定年度 | 本体改定率 | テーマ | 位置づけ |
| 2018年度 | +0.55% | 地域包括ケアへの転換の本格化 | 地域包括ケアシステムの推進が中心 |
| 2020年度 | +0.55% | 医師働き方改革・タスクシフトの布石 | 人材問題が政策テーマとして顕在化 |
| 2022年度 | +0.43% | コロナ対応+処遇改善の開始 | 人材問題が政策の柱に格上げされた転換点 |
| 2024年度 | +0.88% | 賃上げ+医療提供体制の再編 | 2026年度改定への助走 |
| 2026年度 | +3.09% | 人手不足前提の医療体制への転換 | 人材問題等への強制力を含んだ実行 |
2018年度改定では、地域包括ケアシステムの推進が主なテーマでした。
しかし2020年度改定以降は、医師の働き方改革やコロナ対応を背景とした人材問題が顕在化し、タスクシフト/シェアや処遇改善がテーマに浮上します。
さらにはコロナ禍以降のインフレの進行により、他産業の賃上げに後れをとるかたちで、医療者の「ベースアップ」がテーマに上がりました。
2026年度の本体改定率+3.09%(うち、賃上げ分+1.7%)という数字が、その本気度を示しています。近年の改定と比較しても、突出した高さであることがわかると思います。

背景にあるのは、2040年問題です。
団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢者人口がピークを迎えるのが2040年と言われています。2040年に向けて、医療・介護の需要は急増する一方、働き手は減り続けます。
コロナ禍以降のインフレの影響で、医療業界の賃金は構造的に上がりづらく、このままでは人材流出が加速するという懸念もありました。
今回の改定は、そうした現実に正面から向き合う内容になっています。
医療従事者に直結する3つの変化
今回の改定は多岐にわたりますが、現場で働く皆さまに直接関わる変化として、大きく3点を押さえておく必要があります。
① 賃金(ベースアップ)の明確な目標設定
ベースアップ評価料の見直しにより、2026・2027年度にそれぞれ「3.2%」のベースアップ実現を支援する仕組みが盛り込まれました。
中でも特徴的なのは、看護補助者と事務職員については「5.7%」という高い目標が設定されている点です。
対象範囲も拡大され、40歳未満の勤務医師・歯科医師、そして事務職員まで含む「施設全体での賃上げ」というかたちになりました。これまでの処遇改善加算とは、制度の範囲が異なります。

② 医療・在宅体制における役割分担の強化
逆紹介基準の厳格化(30‰未満→50‰未満へ。基準が満たされないと初診料、外来診療料が減算)により、大病院と診療所の役割分担が、これまで以上に明確化されます。
- 大病院は、高度専門医療への集中
- 診療所は、かかりつけ医機能とハブ機能の強化
今後はこうした方向性に進んでいくものと考えます。
在宅医療についても、同一建物への頻回訪問への評価が厳格化される一方、重症者対応や24時間体制を整えた事業所への評価が手厚くなります。
③ 働き方の見直し——ICT導入と多職種協働の実効化
ICT・AIの活用が、これまでの「推奨」から制度的な裏付けを持つ仕組みへと格上げされました。
たとえば、生成AIやRPAを組織的に活用している場合、医師事務作業補助者1人を1.2〜1.3人としてカウントできる配置基準の緩和が認められています。
また、看護師・理学療法士・管理栄養士・臨床検査技師などが病棟で協働することを評価する「看護・多職種協働加算」が新設されました。
制度が、「やることが望ましい」から「やらなければ評価されない」という段階に入ったと理解する必要があります。
これらを踏まえ、本改定における5つの論点を解説していきます。
論点1:賃上げ——5.7%の背景と院内周知の進め方

今回の改定で注目を集めている項目のひとつに、看護補助者と事務職員への「5.7%」ベースアップ目標があります。
背景にあるのは採用競争の問題です。
看護補助者や事務職員は、飲食・小売を含む他産業でも働ける職種でもあるため、医療機関は今、これらの職種をめぐって他産業と直接競合しています。
この2つの職種に対する「5.7%」という今回の目標設定は、「公平性」よりも採用が特に難しい職種への重点配分を優先した政策判断です。
この点を押さえずに院内で話を進めると、他職種から
「なぜ看護補助者と事務職だけ高い設定に?」
という感情論に発展するリスクがあります。
制度の目的を正確に伝えることが、院内周知の出発点です。
給与への反映については、以下のように毎月の賃金に継続的に反映できるかたちが想定されています。
- 基本給のベースアップ(俸給表の書換え)
もしくは
- 手当による支給(「処遇改善手当」「ベースアップ手当」等)
本改定でベースアップ評価料を算定しない選択は、事実上「職員の賃上げ財源を失う」ことを意味します。
既存スタッフの定着や今後の新規スタッフの獲得を考えると、規模の大小にかかわらず届出必至の流れになると考えます。
ただし、一度引き上げた基本給は簡単には下げられない「不利益変更の問題」も残るため、法定福利費を含めたトータルでの人件費設計が必要です。
院内周知では、経営トップが「なぜ看護補助者と事務職に、この水準の賃上げが必要なのか」を自分の言葉で語ることが重要です。
そのためには、看護補助者や事務職員が、日常の診療業務でいかに縁の下を支え、院内全体のタスクシフトや本格化していくDX推進にいかに貢献していくか、を言語化する必要があります。
そして、
- 全体最適
- 病院全体として人材を確保するための戦略的投資
という視点を全職員に共有することが、感情論を回避する鍵になります。
なお、支給条件は一律にするよりも、階層・等級で傾斜をつけ、手取りの少ない人材に多めに届く設計が、人材確保の面からも本来の目的に沿っていると考えます。
論点2:ICT・AI導入——ツール先行で現場が疲弊するパターンを避けるには

今回の改定では、ICT・AIの活用が制度的な裏付けを持つ仕組みへと格上げされました。
医師事務作業補助体制加算の見直しにより、生成AIやRPAを組織的に活用している場合、医師事務作業補助者1人を1.2〜1.3人としてカウントできる配置基準の緩和が認められています。
また、看護職員数の基準についても、見守りセンサーや音声入力などICTを組織的に活用できる体制があれば、配置基準の1割緩和が可能になります。
ただし、ツールを導入するだけでは現場は楽になりません。
業務フローを見直さないまま先行導入すると、
従来の手順 + 新システムの操作
という二重の手間が発生し、かえって現場が疲弊するリスクがあります。
ICT・AI導入で「働きやすくなる職場」と「かえって働きづらくなる職場」の差は、導入の理念・目的を現場と共有できているかどうかに尽きます。
当院におけるICT・AI導入は、「単純作業を減らし、患者と向き合う時間を作るための投資」である
こうした理念・目的が現場に届いているかどうかです。
逆に「加算が取れるから」という経営都合だけで進めると、「仕事を楽にするためのものではなく、病院が点数を稼ぐためのシステム導入」と感じ、現場の心理的な抵抗は避けられません。
さらにもう一点、ICT・AI導入におけるスキルアップ・リスキリングを「個人の努力」にするか「組織の投資」にするかも重要な分岐点です。
- 学習のための時間と予算を組織として確保していくのか
それとも、
- 外部ベンダーに丸投げして現場任せにするのか
後者の場合、ITに強い職員に業務が集中し、そうでない職員が疎外感を覚えるという組織内の分断も起きやすくなります。
どちらを選択するかで、定着率に大きな差が出ます。
ICT・AI導入によって生まれるはずの余白の時間を、次の仕事を詰め込むための時間に使うのか、職員の休息や専門業務の時間に充てるのか。
この「余白の扱い方」が、職員を守る投資になるかどうかの分岐点になります。
2025年9月のSSKセミナーにて、「医療DX時代のIT人材確保とリスキリング戦略」をテーマに講演を行いました。セミナーの概要は、以下からご覧いただけます。

論点3:多職種協働——押し付け合いを防ぐための業務の言語化

今回新設された「看護・多職種協働加算」は、看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・管理栄養士・臨床検査技師などが病棟に配置され、チームとして協働することを評価する仕組みです。
多職種が連携して患者を支えるという方向性自体は以前からあり、正しい考え方です。
しかし現場では、制度が整うだけでは機能しない現実があります。
最も起きやすい問題は、職種間の「仕事の押し付け合い」です。
「それはうちの仕事ではない」
「なぜ看護師がやらなければならないのか」
といった縄張り意識は、多職種が集まれば集まるほど表面化しやすくなります。
この問題を放置したまま加算取得だけを目指しても、現場の疲弊と離職につながるだけです。
対策の出発点は、職種間のグレーゾーンにある業務を丁寧に洗い出し、「誰が何をどのタイミングで担うのか」を文書で言語化することです。
看護・多職種協働加算の施設基準でも、以下が掲げられています。
「医療機関内で多職種協働の目標や各職種が行う業務内容、情報共有の方法等について、文書で整理し、配置される多職種間で共有していること。」
マニュアルを作ること自体が目的となってはいけませんが、言語化のプロセスを経ることで、職種間の認識のズレが可視化されるメリットがあります。
そして、多職種連携の土台として「HRT(ハート)の原則」が職場に根付き、職員の心理的安全性が確保されているかどうかが重要です。
「HRT(ハート)の原則」とは、Googleが提唱したチーム作りに重要な3本柱。
- 謙虚(Humility)
- 尊敬(Respect)
- 信頼(Trust)
多職種が協働する際には、
- 自分の職種が万能ではないと認め、
- 他職種の専門性を尊重し、
- 相手も最善を尽くしていると信じる、そして託す。
この3つが組織の共通認識になっていない限り、どれだけ制度を整えても多職種協働は形だけで終わります。
加算の取得と職員の定着率の向上は、突き詰めればこの組織文化の問題と言っても過言ではありません。
医療機関における心理的安全性の重要性について、以下の記事で詳しく解説しています。

論点4:在宅医療——件数重視モデルの終わりと、求められるスキルの変化

2040年に向けて、在宅医療の需要が大幅に拡大することはほぼ確実です。
新しい地域医療構想では「入院医療の縮小」がテーマとなり、急性期病院の絞り込みと病床削減が加速します。
病院から地域へ、地域から在宅へ——
この流れは、今回の改定でさらに強くなると見ています。
しかし同時に、これまでの在宅ビジネスモデルへの評価は厳しくなりました。
高齢者向け住宅など、同一建物への集中的な訪問に依存してきた事業者にとっては、収益構造の見直しを迫られる内容です。
つまりこれは、国が評価の軸を、「量」から「質・誠実さ」へ明確にシフトさせた結果です。
「重症者対応」「看取り」「24時間体制」を整えた事業者への評価が手厚くなる一方、件数重視をビジネスモデルとしている事業者への評価は厳格化・細分化されました。
この評価軸の転換が現場の看護師など医療スタッフに求めるのは、「指示を待って、決まった処置をこなす」業務スタイルからの脱却です。
- 限られた訪問時間の中で、
- 患者の微細な変化を捉え、
- 医師や多職種に的確に伝え、
- 患者・家族の意思決定を支援する。
こうした自律的な判断力とコミュニケーション能力が、これからの在宅医療における専門職の核になるはずです。
「D to P with N(看護師同席オンライン診療)」の評価を強化している点を見ても、この方向に向かっていることがわかります。
在宅医療では、これからの職場選びにどのような視点が必要になるのか。
- 同一建物への訪問に過度に依存していないか
- 重症患者への対応や24時間緊急対応体制が整っているか
- ICTを活用した多職種連携の仕組みがあるか
これらの視点が職場の将来性を見極める基準になりそうです。
論点5:病院の将来性——勤務先を見極めるためのチェックポイント

今回の改定で最も過酷なメッセージが込められているのが、病院の機能分化です。
これまでは「病棟・病床単位」で急性期や回復期等の機能を区分してきましたが、本改定では「病院単位」で区分する考え方が示されました。
急性期病院一般入院基本料等の評価
「病院の機能に着目した急性期病院一般病棟入院基本料等を新設するとともに、救急搬送症例や手術なし症例における重症度、医療・看護必要度の適切な評価を進める観点から、該当患者割合に救急搬送応需係数を加えた該当患者割合指数に見直す。」
これにより、新たに加わったのが「急性期病院A」及び「急性期病院B」という区分です。
急性期病院A(いわゆる7対1)には、
- 救急搬送件数 年間2,000件以上
- 全身麻酔手術件数 年間1,200件以上
といった実績要件が課されます。
この要件を2つともクリアできない場合、今後はより高い入院料の算定を目指すことができなくなると同時に、回復期や地域包括ケアへの機能転換を迫られる可能性があります。
「看板だけ急性期」を続けてきた中小規模病院にとっては、決断を迫られる局面かもしれません。
私が働いていた中規模病院についても、かつては急性期医療に特化していました。しかし、ベッドの稼働率維持や地域におけるすみ分けなど諸々の条件を考えた末に、地域包括ケア病棟とのケアミックス型病院に転換しています。
そして、こうしたケアミックス型病院に対して、さらなる変革を求めているのが、今回の改定です。
長く診療報酬改定を見てきた立場から言えるのは、経営が厳しくなる施設の共通点は、「制度の変化に対応できず、従来の立ち位置に固執している」点にあることです。
規模の大小よりも、変化への適応力の差が赤字と黒字を分ける決定的な要因になりつつあると感じます。
- 賃上げができず人材が流出する
- ICTに投資せず人海戦術を続ける
- 機能分化への対応が遅れる
——これらが重なった施設は、今後さらに厳しい状況に置かれるでしょう。
医療現場で働く皆さまが、自身の勤務先の将来性を見極めるうえで重要になるチェックポイントをまとめましたので、参考にしてください。
- 経営層・管理職が、新しい地域医療構想を理解しているか
- 2040年を見据え、自院を地域のどの機能を担う施設として位置づけているか
- 上記について、経営層が全職員に対して明確に語れているか
- 紹介・逆紹介、在宅連携、救急受け入れの実績があるか
- DX・ICT・タスクシフトに具体的な投資があるか
- 賃上げや人材育成を単発ではなく継続施策として実施しているか
- 職員間・部門間のコミュニケーションを重視し、心理的安全性が確保されているか
きれいごとでも何でもありません。
自分が安心して専門性を発揮し続けられる職場かどうかを、こうした視点でシビアに見極めることが必要な時代になっているのです。
まとめ——制度が変わっても、現場が変わらなければ意味がない

2026年度診療報酬改定は、医療機関にとって確かに過酷な「選別」の始まりに映るかもしれません。
しかし見方を変えれば、これまで過重労働と引き換えに地域医療を支えてきた現場の職員一人一人の価値を、国が制度として認め始めた改定でもあります。
- 賃上げの目標設定
- ICT活用による配置基準の緩和
- 多職種協働の評価
——これらはすべて、「現場の人を守らなければ医療は続かない」という認識が制度に反映された結果です。
本記事で掲げた5つの論点に共通しているのは、制度が変わるだけでは現場は変わらない、という点です。
- 経営層が現場の価値を言葉にして処遇を変え、
- 現場がICTや多職種連携を受け入れて生産性を高める。
この2つが噛み合って初めて、本改定の恩恵が職員一人一人に届きます。
重要なのは「ゴーイングコンサーン」、今の事業が未来に向けていかに持続可能であるかどうかです。
持続可能であるには、職員一人一人がいきいきと働くことができ、安心して自分の専門性を発揮できる職場に整えていくことが大切だと考えます。
医療業界専門の吉澤社労士事務所では、体制整備から運用・研修まで、医療機関の労務課題に一貫して対応しています。
「制度は分かったが、自院でどう動けばいいか分からない」という段階から一緒に考えますので、ぜひこちらからご相談ください。

