2026年度診療報酬改定では、ICT・AIの活用が制度的な評価の対象として明確に位置づけられました。
- 生成AIやRPAを組織的に活用している場合、医師事務作業補助者の配置基準が緩和される
- 見守りセンサーや音声入力の導入により、看護職員の配置基準が緩和される
——こうした仕組みが制度に組み込まれたことで、経営側にとってICT導入の優先度は一段上がったと言えるでしょう。
ただし、「ツールを導入すれば配置基準が緩和される」という理解だけで進めてしまうと、失敗するリスクを高めます。
制度が要件とする「組織的な活用」というのは、個人がツールを使いこなすことだけを指すわけではありません。
業務フローそのものが、「ICT活用を前提に再設計されている状態」を指します。
本記事では、職種別の導入事例を参照しながら、配置基準の緩和を実際に機能させるための業務フロー再設計の手順を整理します。
なお、本記事の内容を含め、医療・介護系オウンドメディア「ジョブメドレー」を運営するメドレー社から取材を受けました。以下のリンクから記事が閲覧できますので、ぜひご一読ください。
▶ 取材記事:「【2026年度診療報酬改定】給料や仕事内容、働き方はどう変わる?現場の疑問に専門家が回答」(ジョブメドレー)
2026年度改定で変わったこと——ICT活用の制度的位置づけ

これまでの診療報酬改定でも、ICT活用を推奨する方向性自体は示されてきました。
ただ、2026年度改定では、これまでの「推奨」から、「日常業務で活用していなければ評価が得られない」という制度設計への転換が含まれています。
ICTを組織的に活用している医療機関には、配置基準の緩和という具体的なメリットが与えられ、活用が進まない医療機関との差が診療報酬上に反映される仕組みになりました。
具体的な緩和内容

看護業務効率化・負担軽減
看護職員については、見守り、記録、医療従事者間の情報共有に関してICT機器等を組織的に導入・活用している場合、
「1日に看護を行う看護職員の数等の基準について、1割以内の範囲で柔軟化する」
という規定の適用が可能になります。
医師事務作業補助体制加算の見直し
医師事務作業補助者については、生成AIや音声入力システム、RPAを組織的に活用している場合、
「医師事務作業補助者1人を最大1.3人として配置人数に算入できる」
という配置基準の緩和が認められることになります。
なお本改定では、医師事務作業補助者の業務内容についても明確化されました。以下の記事で詳しく解説しています。

「組織的な活用」という要件
ここで注意が必要なのは、いずれの緩和も「組織的な活用」が要件とされている点です。
特定の職員がツールを使いこなしている状態や、一部の部署だけで試験的に導入している状態では、要件を満たしたことにはならないでしょう。
病院全体の業務フローにICTが組み込まれ、継続的に運用されていることが前提です。
この要件は、届出の準備段階で見落とされやすい点でもあります。
ツールの導入実績だけでなく、運用状況を示す記録や体制の整備状況まで確認したうえで届出に臨む必要があります。
職種別の導入事例と業務軽減の実態

ICT・AI活用による業務軽減の効果は、職種によって内容が異なります。
ここでは、自院への適用を検討する際の参考として、職種別に整理していきます。
なお、以下の事例で示された導入成果は、事例施設の公式サイト等の実績をもとに整理したものです。具体的な数値効果は施設規模や運用条件によって異なります。
医師・医師事務作業補助者―生成AIによる医療文書作成―
生成AIを活用した文書作成支援が、最も導入が進んでいる領域です。
電子カルテと連動した診断書・紹介状・退院サマリーの原案作成により、医師の文書作成時間の削減が報告されています。
ここでは、東北大学病院の事例を紹介します。
【取組内容】
- NECと協力し、日本語大規模言語モデル(LLM)を活用したアプリケーションを試作。
- 電子カルテに記録された患者情報(症状、検査結果、経過など)を時系列で整理し、医療文書を自動作成する実証実験を実施。
- 東北大学病院の耳鼻咽喉・頭頸部外科の医師10名が参加し、アプリケーションの効果を検証。
【導入成果】
- 医療文書の作成時間を最大47%削減。
- 医師の事務作業負担が大幅に軽減され、患者ケアや研究に集中できる時間を創出。
【課題】
- 生成AIの精度や出力内容の最終的な確認は、医師が行う必要がある。
- 機密性の高い医療情報を扱うため、高度なセキュリティ対策が不可欠。
引用:NEC、東北大学病院、橋本市民病院、「医師の働き方… | プレスリリース・研究成果 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-
上記の例でもあるとおり、運用上の留意点として、AIが生成した原案を確認・修正する責任は医師または医師事務作業補助者に残ります。
「AIが作ったから確認不要」という運用は医療安全上のリスクになるため、確認プロセスを業務フローに明示しておくことが重要です。
看護職員・他病棟スタッフ

病棟での活用事例が中心です。見守りセンサーやカメラの導入により、転倒・転落リスクのある患者の状態をリアルタイムで把握できるようになり、訪室回数の削減につながっています。
記録面では、音声入力による看護記録作成の導入により、記録にかかる時間が短縮された事例があります。
また、業務用チャットツールの活用により、特に医師の作業を中断させない情報共有が可能になり、移動・待機・申し送りのロスが減った事例があります。
ここでは、業務用チャットツールを導入した愛媛県・HITO病院の事例を紹介します。
【取組内容】
- 医師・看護師等の病棟スタッフにスマートフォンを配布し、業務用チャットで報告・連絡・相談を行う体制へ移行。
- ナースステーション中心の運用から、ベッドサイドでも情報共有できる体制を確立。
【導入成果】
- 看護師の1日あたりの移動距離が4~5km減り、1日100分の時間を創出。
- 時間外労働は年間6,000時間削減され、患者ケアに充てられる時間が増加。
【課題】
- チャット運用を全職種・全病棟へ広げる際の定着支援や、従来の電話・対面文化からの切り替えが必要。
- スタッフへの配布端末にかかる導入コストと費用対効果の検証が必要。
引用:WAM NET「医療のデジタル化で働き方改革を推進」
導入時に課題になりやすいのは、ベテラン層のICT操作への抵抗感です。
操作研修の機会を組織として確保すること、習熟度に差がある職員への個別フォローを運用計画に組み込んでおくことが定着率に影響します。
医師・事務職員―AI問診による診察・待ち時間短縮―
AI問診の導入により、窓口での聞き取りやデータ入力の時間が短縮された事例や、予約・会計・処方箋発行のICT連携により、患者の待ち時間と窓口対応件数の両方に改善が見られた施設があります。
ここでは、AI問診を導入した石巻赤十字病院の事例を紹介します。
【取組内容】
- 医師AI事前問診ツールを導入し、患者が来院前にスマートフォンやPCで問診票を入力。
- 問診結果をカルテに自動で取り込み、診察前に医師が内容を確認できる仕組みを構築。
- 研修医向けの参考病名提案機能も活用し、教育にも貢献。
【導入成果】
- 1回の診察時間を3分短縮。
- 導入後わずか2.5ヶ月で合計44時間分の作業時間を削減。
- 患者の待ち時間が短縮され、総合的な利便性が向上した。
【課題】
- 高齢者など、デジタルデバイスの操作に不慣れな患者へのサポート体制の整備が課題。
引用:1回の診察あたり3分の作業時間短縮を達成。参考病名機能は研修医の学習にも有益 (日本赤十字社 石巻赤十字病院) | ユビーAI問診
なお、各種会議や委員会の議事録作成は、事務職が担当することが多いと思います。
議事録作成は相当時間を取られる業務で、筆者も病院勤務時代に苦労した仕事の一つですが、今は音声認識による自動作成ツールの活用が広がっているため、作成にかかる時間の大幅な削減効果が期待できます。
事務職員のICT活用においては、単純作業の自動化にとどまらず、DXを推進できる人材としてのリスキリングをどう設計するかが中期的な課題になります。
ツールの操作に習熟するだけでなく、業務フローの改善提案ができる人材を育てることが、組織全体のICT活用水準を高める鍵です。

なお、2025年9月のSSKセミナーにて、「医療DX時代のIT人材確保とリスキリング戦略」をテーマに講演を行いました。セミナーの概要は、以下からご覧いただけます。

なぜ導入しても現場が変わらないのか——失敗パターンの整理

ICT・AIツールを導入したにもかかわらず、
「現場の業務負担が変わらない…」
「逆に増えてしまった」
——という声は珍しくありません。
なぜでしょうか。
それは、原因の多くが、ツールの性能ではなく導入の進め方にあるからです。
よく見られる失敗パターンを3つ整理します。
パターン①:業務フローを見直さないままツールを追加する
最も多い失敗パターンです。
既存の業務手順をそのままにして新しいツールだけを追加すると、従来の手順に加えてシステムへの入力や操作が上乗せされ、二重作業が発生してしまいます。
よくあるのが、紙の記録とシステムへの入力を並行して続けているような状態です。
ツールの導入前に、
「この業務は本当に必要か」
「誰がどの手順でやるか」
を見直すプロセスが抜けると、効率化の効果は発揮されません。
パターン②:導入の目的が現場に伝わっていない
「配置基準の緩和要件が満たせるから」「加算が取れるから」という経営上の理由だけで導入を進めてしまうと、現場はこのような受け止め方をするかもしれません。
「自分たちの仕事を楽にする目的ではないのでは…」
「病院が点数を稼ぐために、自分たちがシステムを使わされているのでは…」
この場合、結果として、導入したツールへの操作は最低限しか行われず、活用が形骸化することは目に見えています。
ではどうするか。
「何のために導入するか」というメッセージがあるかどうかが肝になります。
「単純作業を減らし、本来の専門業務や患者と向き合う時間を創り出すための投資である」
このような目的を、導入前に現場と共有することが定着の前提です。
パターン③:導入時のリスキリングを個人任せにする
筆者の経験上、医療現場には、革新的なツールの導入や抜本的な業務手順の改変を歓迎しない風土があります。
自分たちの業務に患者の命がかかっているため、安全が保たれていた今のやり方を簡単に変えたくないからです。
特に、ICT操作に不慣れなベテラン層の心理的抵抗感は大きいはずです。
そうした中で、新しいツールの習得を個々の職員の自助努力に委ねてしまうと、何が起きるでしょうか。
もし、外部ベンダーに導入を丸投げし、スキル習得を現場任せにしてしまうと、必然的に、ITに習熟した職員とそうでない職員の間で業務負担の偏りが生じます。
つまり、習熟度の差が大きいほど、
- 「できる職員」に作業が集中する
- 「できない職員」は疎外感を覚える
⇒ 組織内に分断が生じる
といった構図になりやすく、「組織的活用」「ツール定着」「生産性向上」とはかけ離れた運用になります。
組織として学習の時間と予算を確保し、習熟度に応じたフォローを計画的に行うことが、ツール定着の条件です。
業務フロー再設計の手順

さきほど整理した失敗パターンに共通するのは、ツール導入前に業務フローの見直しができていないという点にあります。
ツールの選定・導入は、以下の手順を踏んだ後に行うことが大事です。
実務の棚卸し
まず、現在行っている業務を担当ごとにリストアップします。
その際、「なぜその業務をその担当が行っているのか」を一つ一つ確認していきます。
- 法令や安全管理上の理由で、その担当もしくは専門職が行う必要がある業務なのか?
- 単に、長年の慣習で続いているだけの業務なのか?
これらを区別することが目的です。
確認の結果、
- 「専門職でなくても対応できる業務」
- 「実態として誰も参照していない記録」
- 「慣習で続いている会議・報告」
などが浮かび上がることがよくあります。
これらが、STEP2の「削る・移す・自動化する」候補になります。
削る・移す・自動化する、の仕分け
STEP1の棚卸しで洗い出した業務を、以下の3つに仕分けします。
- 廃止できる業務(削る)
- 他職種や他部署に移せる業務(移す)
- ICTで自動化・効率化できる業務(自動化する)
この仕分けを行わずにツールだけを導入しても、自動化される業務が現場にとって本当に負担になっている業務とは限りません。
そのため、現場の実務担当者が必ず仕分け作業に参加し、優先順位の精度を上げることが重要です。
管理職だけで判断すると、現場の実態と乖離した仕分けになるリスクがあります。
ツールの選定と導入
業務フローの再設計が固まった段階で、初めてツールの選定に入ります。
「このベンダーのツールが良さそうだから、業務フローをそれに合わせる」という発想は、本来の業務フロー再設計の趣旨とは逆の考え方になります。
再設計後の業務フローに合ったツールを選ぶこと
これが、現場で定着する前提になります。
さらに、選定する際、操作の習熟にかかる時間と研修コストも評価基準に含めることもポイントの一つです。
たとえ機能が充実していても、現場での習熟に過大なコストがかかるツールでは、導入後の定着率が下がりやすく、形骸化するリスクが高まります。
生まれた「余白」の使い方を決める
業務フローの再設計とツール導入が機能し始めると、職員の業務時間に「余白」が生まれます。
ツール導入で生まれた余白をどう扱うか
この扱いについては、経営側が明示的に方針を示す必要があります。
余白を別の業務で埋めることだけで考えてしまうと、効率化の成果が職員の負担軽減に直接還元されにくくなります。
そして、次のICT導入による業務改善への協力姿勢にもマイナスの影響を与えかねません。
効率化で生まれた時間は、職員の休息や専門業務の深化に充てる
こうした方針を、導入計画の段階で明示しておくことが、現場の信頼を維持するうえで重要です。
なお、「棚卸し→仕分け→導入」を前提とした業務改善の手がかりとして、「5S」・「3S」・「ECRSの原則」という生産性向上の考え方が役に立ちます。
医療機関における労働生産性向上策を解説したこちらの記事もご参考ください。

まとめ

ICT活用を制度的に評価する仕組みにした本改定は、配置基準の緩和という具体的なメリットをもたらします。
ただし、実際にその恩恵を得るには、「ツールの導入」と「業務フローの再設計」が両輪で機能している必要があります。
ツール先行で進めた場合の失敗パターンは、本文中段で整理したとおりです。
手順としては、
実務の棚卸し
→ 「削る・移す・自動化する」の仕分け
→ ツールの選定・導入
→ 余白(浮いた時間)の使い方の明示
という流れが基本です。
この順序を守ることが、導入後の定着率と現場の協力姿勢に直結するはずです。
ICT活用を「制度対応」として処理するだけでなく、働き方の改善として位置づけられるかどうかが、職員の納得感と中長期的な定着率に影響します。
次回投稿予定の記事では、2026年度改定で新設された「看護・多職種協働加算」を題材に、職種間の業務の境界線をどう整理し、加算取得と現場の協働体制を両立させるかを取り上げます。
2026年度改定の目玉となったベースアップによる賃上げ対応については、こちらの記事で詳しく解説しています。

なお、本記事のテーマである業務改善を含めた2026年度診療報酬改定の5つの論点について、以下の総論記事で解説しています。

