医療現場の管理職の皆さまにとって、スタッフの勤怠管理は最も頭を悩ませる業務の一つではないでしょうか。
「申し送りのために早く来るのは当たり前」
「勉強熱心な医師が残っているだけ」
「師長は管理職だから時間は関係ない」
——こうした現場の「当たり前」が、今の法律では通用しなくなっています。
労働時間管理の誤りは、単なる事務的な不備ではなく、最大3年分の未払い残業代請求や、過重労働による安全配慮義務違反といった、組織の存続を揺るがすリスクに直結します。
本記事では、医療現場特有の5つの場面を例に、「何が労働時間になり、どう管理すべきか」を解説します。
なお、本記事は『知らないと困る 医療現場の労働法』シリーズの第2章「労働時間」編の内容をまとめたものです。シリーズ全体の紹介は、以下の入門記事で行っています。

このテーマについてより深く学びたい方は、項目ごとに紹介している解説動画(YouTube・15分前後)も併せてご活用ください。
1. 前残業の落とし穴:「自主的な準備」が労働時間とみなされる理由

「うちのスタッフは始業30分前に来て、自主的に準備や申し送りの確認をしている」
「カンファレンスは自主的な勉強会だから、残業代は発生しない」
医療現場でよく耳にする「自主的」という言葉。
しかし、法律(労働基準法)は、この言葉をそのまま額面通りには受け取ってくれません。
「就業規則に書いていないから」「本人が自主的にやっているから」という理由で、労働時間ではないと判断していないでしょうか。
法的な現実
最高裁判決(三菱重工業長崎造船所事件)は、
労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」
であると定義しています。
重要なのは、「どう指示しているのか」ではなく「実態」で判断される点です。
指示には、以下の2種類があり、いずれも労働時間に該当します。
- 明示の指示…「始業〇分前に来るように」と明言している
- 黙示の指示…言葉にはしていないが、事実上やらざるを得ない状況になっている
管理職が自主的な早出を知りながら制止せずに業務を遂行させている場合、それは「黙示の指示」とみなされ、その時間が労働時間になる可能性が出てきます。
また、申し送りの読み込み、器具の滅菌、システム起動など、「始業時刻と同時に診療を開始するために不可欠な行為」は、労働時間に該当する可能性が極めて高くなります。
「見て見ぬふり」もまた、法律上は指示をしたことと同じ扱いを受けるのです。
実務でのポイント
実態に合わせてルールを作ることが、「黙示の指示」の解消と未払いリスクの両方を防ぎます。
どうしても準備が間に合わないなら、業務量や人員体制の問題として組織で解決することも重要です。
- ① 準備時間を「見える化」してルール化する
-
始業前作業の何に何分かかっているのか、実態を把握する。実態に合わせて「準備は始業〇分前からを業務とする」といったルールの明確化と打刻の徹底を行う。
- ② 「必要以上の早出」には積極的に声をかける
-
「本人の好きでやっているから」と放置しない。「ルール外の早出は業務として認められない」と明確に伝え、対応した事実を記録として残す。
※本章の内容(前残業の落とし穴)を動画で解説したものがこちらです。
2. 宿日直許可の運用:許可は「ゴール」ではなく「スタートライン」

「労働基準監督署から宿日直許可を取っているから、当直中の業務や手当は問題ない」
そう考えて安心していませんか?
実は、宿日直許可は「取ること」がゴールではなく、「条件通りに運用すること」が本質です。
法的な現実
宿日直許可を取得していれば、夜間にどんな業務をさせても良いわけではありません。
労働基準法第41条第3号に基づく医師等の宿日直許可は、以下の3つの条件を満たす場合に限って認められる特例です。
- 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること
- 実作業が特殊の措置を必要としない軽度または短時間の業務に限ること
- 夜間に十分な睡眠がとれること(宿直の場合)
通常の診療行為や頻繁な救急対応が常態化している場合、許可の条件を満たさなくなり、当直時間全体が割増賃金の支払い対象になるリスクがあります。
東京地裁が下した2026年3月確定判決(東大医科研附属病院事件)でも、業務の実態が許可の前提条件から外れているとして、宿直時間全体が労働時間と認定されました。
実務でのポイント
「許可を取っているから安心」ではなく、「許可の範囲で運用できているか」を定期的に点検し続けることが、職員と組織を守ります。
- ① 許可条件を現場全体で共有する
-
医師や看護師等の多くは、そもそも許可基準を詳しく知らない可能性が高い。当直医への許可基準を超えた業務依頼を抑えるために現場で共有する。
- ② 緊急対応は別途「労働時間」として記録・支払いを行う
-
医師の自己申告だけに頼らない時間管理の方法(電子カルテ操作ログとの突合等)を検討し、適切に賃金を支払う誠実な運用を徹底する。
- ③ 業務密度を定期的に点検し、体制を見直す
-
客観的な労働時間把握と定期的なモニタリングを行い、許可基準を超えそうな業務があれば体制見直しを検討する。
※本章の内容(宿日直許可の運用)を動画で解説したものがこちらです。
3. 管理監督者の境界線:「師長だから残業代なし」は本当か?

「師長や主任に昇格させたから、時間外手当は支給していない」
「役職がついているのだから、管理職として扱って問題ない」
そう考えて制度運用をしていませんか?
しかし、役職名だけで残業代をゼロにできる「管理監督者」と認められるには、厳格な実態要件があります。
法的な現実
労働基準法第41条第2号の管理監督者に該当するには、3つの実態を全て満たす必要があります。
- 経営への参画(採用や配置の実質的決定権)
- 出退勤の裁量(シフトに縛られない自由)
- 地位にふさわしい待遇
実際の裁判例を見ると、管理監督者性が認められたケース(医療法人徳洲会事件)がある一方、役職者であっても「名ばかり管理職」と判断されたケース(日本マクドナルド事件)もありました。
シフト勤務があり、採用・配置の決定権が院長・事務長・看護部長にあり、役職手当がわずかという医療現場の師長・主任の場合、後者(名ばかり管理職)に近い判断になりやすい点に注意が必要です。
ただし、仮に管理監督者と認められる場合であっても、以下2つの義務は免除されません。
- 深夜割増賃金の支払い(労働基準法 第37条)
- 健康管理のための労働時間把握(労働安全衛生法 第66条の8の3)
実務でのポイント
「管理職=管理不要」という思い込みを一度リセットし、実態と処遇を照らし合わせる作業から始めましょう。
以下のどの選択肢でも、「実態に基づいた誠実な設計」が、組織と職員の双方を守ります。
- 選択肢① 正しく「管理監督者」として位置づける
-
3条件(経営参画・裁量・待遇)をすべて整備したうえで管理監督者とする。
- 選択肢② 管理監督者とせず、残業代を正しく支払う
-
師長・主任を「管理監督者」とせず、実労働時間に基づいて残業代を支払う。
- 選択肢③ 「固定残業代」を適切に設計して組み込む
-
一定時間分の残業代を手当として固定支給する方法。設計のルールを守ることが運用の条件になる。
※本章の内容(管理監督者の境界線)を動画で解説したものがこちらです。
4. 自己研鑽のルール化:意欲を削がず、リスクを管理する「申出制」

「熱心な先生たちが勝手に残って研究や勉強会をしているだけ」
「自己研鑽は自分のためだから、労働時間には当たらない」
そう考えて放置していませんか?
実は、「本人が自主的にやっている」と思っていても、法律上は労働時間(残業代の発生対象)とみなされるケースが医療現場では後を絶ちません。
法的な現実
医師や看護師等の自己研鑽が労働時間になるかどうかは、
- 業務上必須か
- 指揮命令下か
で決まります。
厚生労働省のガイドラインでは、上司が指示した勉強会や、担当患者に直結する文献調査などは労働時間に該当するとされています。
逆に、下の2つ条件が揃っていないと「非労働時間」とは認められません。
- 「業務から離れてよい」ことの明示
- 研鑽をしないことによる「不利益がない」ことの保障
長崎市立病院事件では、過重労働で死亡した勤務医が行っていた研鑽(院内勉強会、症例検討会、文献調査など)の種類ごとに、裁判所が細かく仕分けして労働時間該当性を判断しました。
その判断の分かれ目になったのが、
- 誰に言われたか
- 断れたか
- 担当業務に直結するか
の3点でした。
実務でのポイント
建前は「自由参加」であるものの、上司の目やメンバー間の雰囲気で「断れない実態」がグレーゾーンを生みます。
このギャップをなくして、本当の意味での自由参加を組織として仕組み化することが重要です。
- ① 「申出制と承認プロセス」でグレーゾーンをなくす
-
「本人の意欲」に甘えず「申出制と承認プロセス」を導入し、「この研鑽は業務外であることを本人と確認した」という記録を残す。
- ② 「自由参加」を実態として機能させる
-
「欠席しても評価に影響なし」を管理職から明言する、「白衣を脱ぐ」「専用スペースを設ける」などの見た目で「研鑽タイム」を区別する、などの工夫をする。
※本章の内容(自己研鑽のルール化)を動画で解説したものがこちらです。
5.休憩の3原則:PHS携帯や電話番が「休憩」を消滅させる

「お昼は受付に座って、電話が鳴ったら出てくれればいいから」
「急患が来たら呼ぶから、PHSを持って院内で休んでいて」
そう言って、スタッフに休憩をとらせていませんか?
ただ、「実際には電話が鳴らなかった」「急患が来なかった」としても、法律の観点では「休憩を与えていない」と映ります。
法的な現実
労働基準法第34条は、
- 労働時間が6時間を超える場合 ➡ 少なくとも45分
- 労働時間が8時間を超える場合 ➡ 少なくとも1時間
の休憩を与えることを使用者に義務付けています。
さらに、休憩に関して3つの原則を定めています。
- 途中付与の原則
- 一斉付与の原則(保健衛生業は適用除外)
- 自由利用の原則
このうち医療現場で特に問題となるのが、「自由利用の原則」です。
受付で昼食をとりながら電話を待つ、院内でPHSを携帯し呼ばれたら動く、といった状態は「休憩」ではなく「手待時間」=労働時間です。
実際に電話が鳴らなかったとしても、「いつでも対応できる状態」に置かれていたかどうかが判断基準になります。
医療法人社団誠馨会事件では、院内でPHSを常時携帯させられていた後期研修医の休憩時間がすべて労働時間と認定されました。
それに伴い、月100時間超の時間外労働が認定され、未払い賃金請求・適応障害による損害賠償請求が一部認容されたのです。
実務でのポイント
昼休みは留守番電話に切り替える、休憩専用の別室を確保する、どうしても対応が必要な場合は以下のような交代制の当番とするなど、「物理的に業務から遮断する仕組み」を作ることが管理職の役割です。
- ① 交代制で「当番を明確化」し、記録に残す
-
当番表を作成し、対応した事実と時間を記録。賃金支払いの対象となる労働時間として扱う。
- ② 「緊急以外は声をかけない」ルールを全員で守る
-
休憩中のスタッフへの呼びかけ・目配りを常態化させない。管理職から率先して徹底する。
※本章の内容(休憩の3原則)を動画で解説したものがこちらです。
まとめ

労働時間管理の本質は、単なる数字の計算ではなく、「職員の安全と組織の信頼関係の設計」です。
「知らなかった」は法律上の免罪符にはなりません。
今回解説した各項目の実態を把握し、曖昧な運用を「仕組み」によってルール化していくことが、管理職の皆さま自身と、大切な組織を守ることに繋がります。
次回、第3章では、これら労働時間の管理を踏まえた「賃金・手当・休日」の納得感の作り方について詳しく解説しています。

前回、第1章で取り扱った労働契約の基本と「採用」の落とし穴については、以下の記事で解説しています。

参考:
- 労働基準法 | e-Gov 法令検索
- 労働安全衛生法 | e-Gov 法令検索
- 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律 | e-Gov 法令検索
- 裁判例|確かめよう労働条件|厚生労働省
- 『教えて! 働くなら知っておきたい法律の知識』砂押以久子(自由国民社)
- 『労働法〔第11版〕』水町勇一郎(有斐閣)
