労働基準法改正で医療機関に求められること|勤務間インターバル・つながらない権利を現場視点で解説

労働基準法の条文の画像

医療現場を取り巻く労働環境が、大きな転換点を迎えています。

勤務間インターバルの義務化、「つながらない権利」のガイドライン策定、週44時間特例の廃止——。

労働基準法の大幅な見直し議論は、2026年通常国会への法案提出こそ見送られましたが、方向性が変わったわけではありません。

先日、医療介護求人サイト「ジョブメドレー」の取材を受け、この問題について詳しくお話しする機会をいただきました。

取材記事:「これまでの働き方はもうできない?労働基準法改正がもたらす医療・福祉分野への影響」(ジョブメドレー)

本記事では、取材でお話しした内容をさらに深掘りし、医療現場の経営者・管理職の方に向けて、法改正の論点整理と「今から動くべき理由」を、 元医療従事者の社労士として解説します。

目次

厚労省「労働基準関係法制研究会」報告書のポイント

虫眼鏡の中央に「POINT」と書かれたイラスト

2026年法改正議論のベースとなっているのが、2024年末に公表された厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」による報告書です。

約40年ぶりの大改正と言われるこの報告書の中身を見ると、医療現場にとっておよそ無視できない内容が並んでいます。

改めて、今回の議論の主要ポイントを整理していきましょう。

引用:「労働基準関係法制研究会」の報告書を公表します|厚生労働省

報告書が示す「新しい時代の働き方」ルール3つの主要ポイント

ここでは、医療業界に大きく影響しそうな報告書のポイントを3つに絞って簡単に解説していきます。

報告書が示す「新しい時代の働き方」ルール3つの主要ポイント
  1. 勤務間インターバルの義務化(原則11時間)
  2. 「つながらない権利」のガイドライン策定
  3. 週44時間特例の廃止と連続勤務の制限

1.勤務間インターバルの義務化(原則11時間)

終業から翌日の始業までに一定の休息時間を確保するルールです。

これまでの努力義務から「義務化」とし、労働者の健康確保を物理的に担保しようとしています。

2.「つながらない権利」のガイドライン策定

勤務時間外の連絡(メール、チャット、電話等)を拒否できる権利です。

スマホひとつで24時間仕事ができてしまう現代の「隠れた長時間労働」にメスを入れる内容です。

3.週44時間特例の廃止と連続勤務の制限

10人未満の対象事業場(商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業)に認められていた「週44時間特例」を廃止し、全業種で週40時間勤務を基本とすること、また14日以上の連続勤務を禁止することなどが盛り込まれています。

報告書の「重み」

この報告書は、これまで現場で「当たり前」とされてきた運用にメスが入るような内容が盛り込まれています。

院内全体の勤務管理を担当していた筆者の経験から言うと、「11時間のインターバルと言われても、この人数でどうやって守るんだ?」と頭を抱えている医療現場の方々の姿が想像できます。

特に医療の世界では、自分の休みを削ってまで現場に顔を出し、運営を支えてくれる責任感に溢れたスタッフが多くいます。

しかしその一方で、責任感に任せて仕事に没頭した結果、静かに燃え尽きていくスタッフも少なからずいるのも事実です。

今回の報告書は、「労働者の健康を犠牲にして成り立つ経営は、もはや持続可能ではない」という明確なメッセージを社会に突きつけています。

制度の詳細はこれから決まる部分もありますが、大切なのは「ルールだから守る」ではなく、

「この変化を機に、どうすればスタッフが長く健康に働ける職場環境を作れるか」

を、今から真剣に問い直すことにあると感じます。

「勤務間インターバル11時間」――現場リーダーを襲う物理的な壁

「現実」と書かれたメモ帳とうずくまる人形のイラスト

今回の改正案において、医療現場が最も頭を悩ませることになりそうなのが「勤務間インターバル制度」の導入です。

これは、終業から次の始業までに一定時間の休息を物理的に確保することを求めるものです。

しかし、24時間365日の稼働が前提の医療現場にとって、これはただのルール変更に留まらず、極めて高い物理的な壁になるでしょう。

なぜ11時間なのか?問われる「安全配慮義務」

この制度の根底にあるのは「労働者の健康確保」と「安全配慮義務」の徹底です。

睡眠不足や疲労蓄積は判断力の低下を招き、医療事故やインシデントのリスクを高めます。

努力義務の段階では、現場の裁量に委ねられていましたが、義務化が決まれば、休息が足りない状態で発生した医療事故に対して、医療機関側が負う法的責任はこれまで以上に重くなると考えられます。

「人手が足りないから休ませられなかった」という理由は、法的に通用しなくなってしまうのです。

安全配慮義務違反のリスクとその対応について、以下の記事で詳しく解説しています。

宿日直・オンコールへの影響

実務の現場に目を向ければ、課題は山積みです。

宿日直明けの連続勤務

宿直後にそのまま日勤に入るサイクルは、多くの病院で日常化しています。

インターバル11時間を確保するとなれば、宿直明けのスタッフは夕方まで出勤できず、その穴を誰が埋めるのかという問題が発生します。

オンコールによる休息の分断

深夜のオンコール対応で一度でも呼び出されれば、そこから再び11時間のカウントがリセットされるのか、それとも細切れの休息を合算して良いのか。

現在の議論では、十分な睡眠を伴う連続した休息が重視されており、オンコール体制そのものの見直しを迫られる可能性が高いです。

「持続可能な医療の形」に向き合うことが重要

私自身、管理職として自部署のシフト表を作成しつつ、総務部門では施設全体の勤務管理を行ってきました。

レセプトや給与、決算の締め作業などでは担当者が各々の強い責任感で、勤務間インターバルなど意識せずに働いていました。

現場の医療職はもっと過酷です。患者の容体次第で病院に駆けつけるのは日常茶飯事です。

おそらく「ルールを厳格に守れば、現場が回らなくなる」といった焦燥感を持つ管理職の方が、大多数を占めるのではないかと推察します。

しかし、職員たちの責任感に頼り続けた結果、体調を崩して長期の休職や離職する者が出たり、それが原因で現場が困窮するという負の連鎖が、事実としておきています。

これからは、「今までの現場の回し方では、もう組織が持たない」というサインとして受け止めるべきだと考えます。

人員配置の適正化や、DXによる業務効率化、タスク・シフトなどをとおして、「持続可能な医療の形」に向き合うことが重要です。

「つながらない権利」と「見えない労働」

スマートフォンを操作する手の写真

2026年改正議論のもう一つの大きな論点が「つながらない権利」です。

これは勤務時間外や休日に、仕事上のメールや電話、SNSの連絡を拒否できる権利を指します。

スマホの普及により、24時間365日、いつでもどこでも職場と繋がれるようになりましたが、それが医療現場において深刻な「見えない労働」を増やしているのも事実です。

デジタル化による「労働時間の境界線」の崩壊

労働基準法上の解釈では、使用者の指揮命令下にある時間は「労働時間」とみなされます。

たとえ数分間のLINEのやり取りであっても、それが業務上の指示や報告であれば、理屈上、労働時間に含まれる可能性があります。

これまでは、こうした極めて微細なやり取りの時間は現場の黙認のもとで処理されてきました。

しかし、デジタル化の進展によって連絡の手段が増え、頻度が上がった現在では、これらが積み重なった未払い残業代のリスクは、経営において無視できない大きさになっています。

さらに、職場からの連絡を常時気にかけなければならない「オンコール」の状況は、本当の意味で心身を休めることができず、メンタルヘルスの不調を招く直接的な要因となることが、近年の法整備の背景にあります。

善意と責任感が休息の分断を阻む

しかし、現場の実態に目を向ければ、簡単にはいかない現実があります。

「自分が答えないと仕事が止まる」という責任感

医療現場は情報の連続性が命です。

休みの日でも、「あの患者さんの件、どうなった?」といった問い合わせが当たり前に入ります。

緊急と緊急ではない要件の境界線

「お休みのところ申し訳ないんだけど」という枕詞とともに、実は明日でも良い連絡が休日に入ることもあります。

中間管理職の疲弊

部下には「休め」と言いながら、自分は常に全体からの連絡に対応し続けなければならない管理職の疲弊も忘れてはいけません。

1本の連絡が組織を弱くしている可能性

私の経験上、休みの日に連絡が来ることはありましたし、当時はそれが責任を果たしていることや、むしろ自分が頼られている存在だという思い込みがあった感も確かにあります。

しかし、今振り返ってみると、特定の誰かが常に繋がっていることで、情報の共有化やマニュアル化が後回しになり、結果として「その人がいないと回らない」属人的な組織を作り上げる原因になってしまっていたとも考えられます。

「つながらない権利」を認めることは、現場を放り出すことではなく、むしろ、特定の誰かがいなくても、組織として現場の責任で安全に業務が継続できる仕組みを構築するためのきっかけにすべきです。

“隠れ残業”を生まないために、今すぐ着手すべき3つのこと

木のブロックで「ACTION PLAN」と書かれたイラスト

法改正の行方はまだ不透明ですが、制度が施行されてから慌ててルールを押し付けてしまうと、現場の十分な理解は得られず、隠れ残業を生み続ける結果となります。

それでは、何をするべきか。最後に、「今すぐ着手すべき3つのアクション」を提案したいと思います。

①「部署ごとの実態」を徹底的に棚卸しする

医療機関には、部署ごとに異なるリズムの繁閑があります。

まずは、インターバル確保を阻害している具体的な業務が何なのかを、部署ごとに洗い出す必要があります。

労働時間管理の不備は、一部署の問題では済みません。ある部署で発生した未払い残業や過重労働の問題は、組織全体のコンプライアンス違反として波及します。

今のうちに各部署の「時間外労働の発生パターン」を見える化し、法改正時にどの程度の調整が必要になるかをシミュレーションしておくことが、経営判断の土台になります。

必要な調整を行う際には、大幅な調整ではなく、分業・タスクシフトを取り入れることや、重複した作業の片方を取りやめることなど、「小さな工夫」の積み重ねをすることが、インターバル確保の大きな鍵となります。

② 「記録に残らない労働」を隠さず、組織の課題として共有する

「つながらない権利」への対応で考えられるのは、ルールを厳格にしすぎるあまり、スタッフが「自主的に(勝手に)対応していることにする」という、サービス残業の常態化です。

判例では、使用者がその存在を知りながら放置していれば、それは労働時間とみなされます。

つまり、「施設の知らないところでやっていた」という言い訳は通用しないということです。

むしろ、今のうちに、「時間外にどういう内容の連絡が、何時くらいに、どのくらいの頻度で発生しているか」という実態を洗い出し、把握しておくことが経営層には求められます。

時間外での業務連絡をかつては「仕事熱心」と称賛している節もありましたが、今後はこれを続ける限り、人は組織から離れていきます。

「その連絡、実は明日でも良かったのではないか?」という対話を繰り返しながら、緊急性の定義を組織として共通言語化することが、今から始められる「隠れ残業」の防止策です。

③ 改正を「コスト」ではなく「採用・定着への投資」と捉え直す

皆さまが日頃から実感されているように、医療・福祉業界の人材獲得競争は極限状態にあります。

そのため、来る改正の対応を「選ばれる組織になるための好機」と捉えられるかどうかで、今後の組織運営は変わります。

求職者は、給与条件と同様に「働きやすさ(ワークライフバランス)」をシビアに見ています。

今後予想される労基法改正の内容をいち早くクリアし、「当院はインターバルを厳守し、スタッフの休息を最優先している」と公言できることは、これ以上ない強力な採用ブランディングになります。

看護師の離職理由に多いのは、「このままでは体が持たない」という将来への不安です。普通に休める現場にこそ、人は集まる、というシンプルな真実を追求することが求められていると考えます。

改正対応は、単なる法遵守ではなく、スタッフが安心して定着し、質の高い医療を提供し続けるための基盤づくりと言えます。

まとめ:現場の知恵で、未来の医療を支える

画用紙と絵具を背景に「まとめ」と書かれたイラスト

労働基準法改正の行方は流動的ですが、現場で働くスタッフの疲弊は、今日も明日も変わらず続いていきます。

法案提出の見送りは「まだ準備しなくていい」ではなく、「今のうちに整理する時間ができた」と捉えるべきです。

本記事で取り上げた3つのアクション

  1. 部署ごとの実態の棚卸し
  2. 記録に残らない労働の可視化
  3. 改正を採用・定着への投資と捉え直すこと

は、法改正の有無にかかわらず、今すぐ着手できることばかりです。

医療現場特有の課題である勤務間インターバルや、宿日直・オンコールへの具体的な対応については、次回の記事で詳しく解説する予定です。

【研修・組織づくりのご相談について】

勤怠管理の実態把握、就業規則の見直し、管理職向け研修の設計など、法改正対応に向けた組織づくりのご相談は、以下よりお気軽にどうぞ。

本記事のテーマとなった「労働基準関係法制研究会報告書」の対応ポイントをまとめた資料は、以下のボタンからダウンロードできます。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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この記事を書いた人

吉澤 宏行のアバター 吉澤 宏行 社会保険労務士・医療機関専門コンサルタント

吉澤社労士事務所代表。社会保険労務士・国家資格キャリアコンサルタント・ファイナンシャルプランナー(CFP®認定者)として、医療機関の労務と人材課題に専門的に携わっています。
医療機関で25年間事務職に従事。総務、経理、医事、健診部門など幅広く経験を積み、2024年4月に独立。地元・東京都日野市にて医療機関専門社労士として活動中。

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