東京都は、カスタマーハラスメントを防ぐ全国初の条例を2025年4月から施行する方針を固めました。
近年、医療現場においても、患者やその家族からの迷惑行為、いわゆるペイシェントハラスメントが問題となっています。
ペイシェントハラスメントは、医療従事者の身体又は精神に深い障害をもたらす可能性があります。また、医療機関の対応によっては、訴訟リスクの観点からも経営に大きな悪影響をもたらす可能性があります。
すでに多くの医療機関で頭を悩ませているこの問題ですが、実際、どのような対策を立てればいいのかお悩みの方も少なくないのではないでしょうか。
この記事では、厚生労働省のホームページ「医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について」を参考に、医療機関が認識しておくべきペイシェントハラスメントの具体的対応策やリスクマネジメント強化の方策について解説します。
ペイシェントハラスメントとは? 医療機関が知っておくべき現状と問題点
ペイシェントハラスメントとは、一般的に、ストーカー行為等を含めた患者等による暴言や暴力等の迷惑行為のことを言います。
迷惑行為を行う「患者等」には、患者のほか患者の家族などの関係者も含まれます。
ここでは、ペイシェントハラスメントの現状と問題点について解説します。
医療現場におけるペイシェントハラスメントの実態
「早く診察しろ!しばくぞ!」
「下手な注射のせいで腕がしびれた!土下座して謝らないと言いふらすぞ!」
その他、入院の必要はないと医師が告げているのに退院を拒み、激高する患者やその家族。
診察に不満を持って「やぶ医者」呼ばわりした挙句、SNSに書き込みすると訴える患者。
皆さんの医療現場でも、似たようなことが起きているのではないでしょうか。
近年、このような医療従事者に対するペイシェントハラスメントが後を絶ちません。
こうした流れを受けて、2024年5月、新潟県病院局は「ペイシェント(患者)ハラスメント対策指針」を策定しました。
この指針では、ペイシェントハラスメントを9つの類型に分類しています。
類型 | 行為例 |
暴言型 | 大きな怒鳴り声をあげる。 |
暴力型 | 殴る、蹴る、物を投げつける |
セクハラ型 | ボディタッチ、性的な言動 |
時間拘束型 | 居座りをする長時間電話をかける |
リピート型 | 病院からの説明後、電話や面会で理不尽な要望を繰り返し求めてくる |
威嚇・脅迫型 | 「仕事ができないようにしてやる」といった脅迫的発言 |
権威型 | 謝罪文の提出や土下座を要求 |
院外拘束型 | クレームの詳細が分からない状態で、院外の患者・家族等の自宅や特定の喫茶店等に呼びつける |
SNS/インターネット上での誹謗中傷型 | 職員の名前をスマホで撮影し、それをSNSなどに投稿 |
※新潟県病院局「ペイシェント(患者)ハラスメント対策指針」より抜粋
引用:「新潟県病院局ペイシェントハラスメント対策指針」を策定しました – 新潟県ホームページ (niigata.lg.jp)
職員が直面する心理的、身体的影響
患者やその家族からの過度な要求や威圧的な態度は、医療従事者のストレスの原因になっています。
日本医療労働組合連合会の『2022年看護職員の労働実態調査「報告書」』によると、患者や家族からのクレームに対して、約75%の看護師がストレスを感じているという調査結果が示されています。
- 「強く感じている」25.6%
- 「少し感じている」49.6%
- 「あまり感じていない」18.0%
- 「感じていない」6.9%
そして、年齢や勤務年数が上がるにつれてストレスを強く感じている人の割合が多い、との調査結果も示されています。
これは、ベテラン層や師長などの管理職が患者や家族のクレームに対応をする機会が多いことを示唆しています。
- 1年未満 12.9%
- 1~3年未満 18.5%
- 3~5年未満 23.0%
- 5~10年未満 26.1%
- 10~15年未満 27.7%
- 15~20年未満 29.8%
- 20~25年未満 29.1%
- 25~30年未満 34.1%
- 30年以上 32.0%
ペイシェントハラスメントは、医療従事者のメンタルヘルス不調やバーンアウトによる離職に少なからず影響していると言えます。
以下の2つの記事で、医療従事者が抱えるストレス事情及び看護職に対するストレスマネジメントの方策に関して詳しく解説しています。併せてご参考ください。


医療機関として無視できない3つの理由
職員の心身にダメージを与えるペイシェントハラスメントですが、医療機関として無視できない理由が3点あります。
以下、解説したいと思います。
無視できない理由①:迷惑行為の多様な原因
患者からの一方的な迷惑行為や嫌がらせには、医療機関として毅然と対応すべきです。
しかし、ここで無視できないのは、迷惑行為の原因が医療機関自体にあるなど、様々な原因が想定されることにあります。
患者等の迷惑行為の原因として考えられるのは、以下の3通りとなります。
- 患者側のみに原因
- 患者と医療側に原因
- むしろ医療側に原因
患者対応でバタバタしている医療現場では、医療機関側の配慮に欠けた対応によって、患者を怒らせてしまうことも確かにあります。
医療機関としては、事案が発生した際には、客観的な事実確認を行ったうえで慎重に対応をしないと、逆に患者から訴えられる可能性があることを認識しておかなければなりません。
無視できない理由②:医師の応招義務
ペイシェントハラスメント対策で無視できないことの2点目に、医師法による応招義務があります。
医師の応招義務には、以下のような性格を持つと言われています。
- 医師が個人として国に対して負担する公法上の義務である
- 医師の患者に対する私法上の義務ではない
問題になるのは、患者から迷惑行為を受けたときに、診療拒否ができるか否かにあります。
これについては、罰則規定はないものの、正当の事由のない診療拒否は、医師法第7条2項で定める「医師としての品位を損するような行為」に該当するとされています。
以下、参考までに医師法の条文を紹介します。
医師法
- 第七条 医師が第四条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。
一 戒告
二 三年以内の医業の停止
三 免許の取消し - 2 前項の規定による取消処分を受けた者(第四条第三号若しくは第四号に該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつた者として同項の規定による取消処分を受けた者にあつては、その処分の日から起算して五年を経過しない者を除く。)であつても、その者がその取消しの理由となつた事項に該当しなくなつたときその他その後の事情により再び免許を与えるのが適当であると認められるに至つたときは、再免許を与えることができる。この場合においては、第六条第一項及び第二項の規定を準用する。
そして、「正当の事由のない診療拒否」にあたるか否かは、「正当の事由」に関する規定が存在しないため、社会通念に照らして判断されるとされています。
過去の判例では以下の判断を示しています。
- 患者の迷惑行為
診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。 - 医療費不払い
支払い能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合には、診療しないことが正当化される。 - 入院患者の退院、他医療機関の紹介・転院等
医学的に入院継続の必要がない場合、通院治療で足りるため退院させることは正当化される。病状に応じて大学病院から他病院への転院も、原則正当化される。
無視できない理由③:使用者の安全配慮義務
ペイシェントハラスメント対策で無視できないことの3点目に、使用者の安全配慮義務があります。医療機関は使用者として、労働契約法に基づき、職員に対して安全配慮義務を負っています。
医療機関が安全配慮義務違反を問われるのは、以下の場合になります。
- 職員に対して安全配慮を行わなかった
- 職員に対して安全配慮を行ったが、配慮が不十分であった
つまり、患者の迷惑行為に対して医療機関が職員の安全配慮義務を違反し、職員に損害が生じた場合は、その職員に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
医療機関は、患者によるハラスメントが院内で発生しないよう、日頃から職場環境を整備する必要があるのです。
医療機関における安全配慮義務の方策については、以下の記事で詳しく解説しています。併せてご覧ください。

ペイシェントハラスメントへの具体的な対応策と職員へのサポート体制

ここでは、ペイシェントハラスメントの具体的な対応策と、職員に対するサポート体制について解説したいと思います。
現場で実施可能なハラスメント対応策とは
まず、医療機関がペイシェントハラスメント対策を考える際に重要となる2つの要点を示します。
- 毅然とした対応で取り組む方針を立てる
- 管理体制を整え、現場関係者がこの体制下で備えをする
以下、内容をみていきたいと思います。
要点1:毅然とした対応で取り組む方針を立てる
まず、医療機関として毅然とした対応で取り組む方針を立てることが重要になります。
ここでは、以下の事例を用いて考えてみたいと思います。
【事例】
- 仕事が不慣れで入院患者を怒らせてしまった新人看護師
- 入院患者から「土下座して謝れ」と言われた
- 新人看護師は「患者の怒りが収まるのなら土下座してもかまわない」と思っている
1ー①:職員へ周知する重要性
医療機関が患者の迷惑行為に対する取組の方針を何も示さなければ、上記の例のように、社会経験の少ない新人看護師では、土下座をしても構わないと思ってしまうかも知れません。
その他、以下のように考える職員も想定されます。
- 周囲に相談できず悩み続ける者
- 患者の要望だから受け入れざるを得ないと考える者
- 上司に相談すべきことか悩む者
いくら治療中の患者でも、他人の権利を侵害するような権利を行使することを容認しなければならないことにはなりません。
職員を悩まさないためにも、医療機関は、迷惑行為を容認せず、毅然とした態度で臨むという基本方針を立て、スタッフに周知することが重要です。
そうすることで、もし事案が発生した時には周りに相談しやすくなるなど、職員全体が足並み揃えて対応することができます。
1ー②:患者等へ周知する効果
患者の迷惑行為に毅然とした対応を行う旨、医療機関が患者に周知を行うことで、迷惑行為を抑止できる可能性があります。
患者の大半は迷惑行為を行う訳ではありませんが、そのことにも留意しつつ、以下の方法で周知を行うことが考えられます。
【方法】
- ポスター
- 書面の交付 など
【内容】
- 患者でも容認しないこと
- 組織として毅然とした対応をとること
- 今後の診察を断る場合があること
- 警察に通報する場合があること
- 損害賠償を求める場合があること
なお、周知方法の参考として、医療安全推進者ネットワークのホームページに、院内暴力防止に向けた啓発ポスターの活用コーナーがありますので、以下のとおり紹介します。
要点2:管理体制を整え現場関係者がこの体制下で備えをする
取組の方針ができたら、次に、管理体制の整備と備えを行います。
2ー①:規程の整備に向けた実態把握
規程の整備に向けて、まず、自院で生じている迷惑行為を把握する必要があります。
また、患者は一つの病院にだけかかるわけではないため、周辺の施設で生じている迷惑行為についても把握することが大事になります。
2-②:規程・指針・マニュアルの整備
多くの医療機関では、医療安全管理部門が中心となって医療安全管理規程を作成していると思います。
規程や指針、対応マニュアルには、前述した自院及び周辺施設の実態把握を踏まえて作成することが重要になります。
これには以下のメリットがあります。
- 取組の意識が高まる
- 行動が標準化され適時適切な対応ができるようになる
2ー③:委員会の開催
医療安全管理委員会にて、指針や規程の整備に関することや迷惑行為の実態把握作業、実際発生した迷惑行為の分析を行います。
多面的な検討ができるよう多職種で組織し、使命感を持って対応することが大事になります。
2-④:職員研修の実施
全職員に対して規程等の周知、ハラスメントに関する知識の習得のための教育、課題解決のための実践的な教育を実施することが大事です。
なぜそのような対応が必要なのか、職員が取るべき行動の基礎となる考え方について教育することが大事になります。
2-⑤:事例の収集
実際に発生したハラスメント事例を収集し、それを基にした情報共有や規程見直しの検討、職員への研修内容の検討、それによる施設の構造の見直しを行います。
2ー⑥:具体的な実態把握、事例分析に基づく対策
発生した迷惑行為の実態把握を具体的に行い、事例を下記のように整理・分析し対策を講じます。これにより、業務の動線の見直しに関する検討にも活用します。
- 類型(暴言、暴力、居座り、セクハラ、ストーカー、SNSへの書き込み)
- 発生時間
- 発生時期
- 発生部署
- 事案のきっかけ
職員へのサポート体制構築のポイント
現場対応の体制構築とともに重要になるのが、職員へのサポート体制の構築です。
以下、事前の対策と事後の対応について解説します。
事前の対策
前述した安全配慮義務の一貫として、医療機関は職場におけるハラスメント行為を受けた職員に対するサポート体制を構築する必要があります。
厚生労働省は顧客等からの著しい迷惑行為に対する取り組みとして、以下の項目を示しています。これらを参考に、各医療機関は、自院に合った職員サポート体制を事前に構築しておくことが重要です。
- 相談体制の整備
相談先をあらかじめ定め労働者に周知し、適切に相談対応できるようにする - 被害者への配慮の取り組み
メンタルヘルス不調を抱えた職員への相談対応、当該職員に一人で対応させない配慮 - 被害防止の取り組み
マニュアル作成、研修実施、医療業における被害を想定し対策を講じる
参考:令和2年1月15日厚労省告示第5号
被害者職員への対応
もし、院内で既に迷惑行為が発生し、職員に身体的・精神的被害が生じてしまっている場合には、以下のようなケアを行う必要があります。
- 相談体制を整備
- ためらわずに相談するよう周知
- カウンセリング、通院時間を確保できるよう勤務時間の調整
医療機関としては、被害者職員が、「また同様の被害があるのでは…」と恐怖感を抱いていることを想定し、今後も安心して仕事ができるように、検討した再発防止策を被害者本人に伝えることが非常に重要です。
また、現時点で既に行った対策やこれから行う予定の対策の両方を伝えると、被害者職員はさらに安心できるはずです。
なお、職員に対するメンタルヘルスケアの取組として、ラインケア及び外部EAPの整備に関しては、以下の2つの記事で詳しく解説しています。併せてご参考ください。


リスクマネジメント強化:ハラスメント発生時の法的リスクと危機管理対策

ここでは、法的観点から医療機関におけるリスクマネジメント強化の方策について解説します。
訴訟リスクを最小限に抑えるための法的対応策
法的倫理的観点から患者等による迷惑行為をみたとき、以下の2パターンに分けることができます。どちらに該当するかによって、医療機関は対応策を見極める必要があります。
パターン①:法的に問題がある行為
パターン①は、法的に問題がある行為です。パターン①の行為として、以下のケースが考えられます。
- 患者が医療従事者を殴って傷害を負わせるケース
- 患者が医療器具を蹴って破損させるようなケース
こうした事案が発生した場合は、その時点で毅然とした態度で対応する必要があります。
パターン②:法的に問題があるとまでは言えないが倫理的に問題のある行為
パターン②は、法的に問題があるとまでは言えないが倫理的に問題のある行為です。パターン②の行為として、以下のケースが考えられます。
- クレームに対する説明が終了した後でも、繰り返しその患者が説明を求めるケース
- 待合室にいる患者が長時間にわたり携帯電話で大声で話すのを注意してもやめないケース
こうした事案も十分考えられますので、院内で定めた規定に沿って対応する必要があります。
迷惑行為者の法的責任
それでは、迷惑行為を行った患者等にはどのような法的責任が生じるのでしょうか。
これについては、大きく分けて、
- 民事責任
- 刑事責任
の2つの責任が生じると考えられます。以下、簡単に説明を加えます。
➊民事責任
民法第709条【不法行為による損害賠償請求】により、迷惑行為を行った患者は損害賠償責任が問われます。
➋刑事責任
刑法第204条【傷害罪】その他の規定により、迷惑行為を行った患者は犯罪者として処罰される可能性があります。
暴力行為等への厳格な対応
患者等の迷惑行為によってすでに損害が発生している場合は、医療機関として以下のとおり厳格な対応をとる必要があります。
- 損害の賠償を求める
- 加害者に対し退去を要求する
- 警察通報を行う
- 被害届や告訴を検討する
これらの対応は、その後の類似行為を減少させるためにも、医療機関にとって重要な対応だと言えます。
警察への事前相談
迷惑行為等による犯罪が起きる以前に、警察の助言を得て必要な対策を講じておくことも重要です。そのメリットとして、
- 医療機関として予防措置が講じられること
- 犯罪発生時の具体的な対応策を想定できること
などがあります。
ハラスメントが起きた場合の初動から事後対応を解説

ここでは実際に、ペイシェントハラスメントが発生した場合の具体的な対応の流れをみていきたいと思います。
以下の事例が発生したことを想定して、初動からの流れを確認していきます。
【事例】
- 診察室前で大声で電話している患者を看護師が注意した
- 注意した看護師に対して、その患者が携帯電話を投げつけた
ハラスメント発生!➊初動対応の留意点
事件発生時には、以下の点に留意して初動対応を行うことが重要になります。
- 落ち着いて毅然とした態度で臨む
- 被害者がいる場合、迅速に身体精神の両側面から被害の回復に向けた対応をとる
ハラスメント発生!➋現場対応で重要となる5つの共通事項
事件発生時は、落ち着いて毅然とした態度で臨むことが重要になります。
対応内容は迷惑行為の類型(暴言、暴力、居座り、セクハラ、ストーカー、SNSへの書き込み)によって異なりますが、類型を問わず共通して重要な項目もあります。
主に以下5点の共通項目が挙げられます。
- 生命身体に危険が生じる可能性のある場合の安全確保
- 職員に身体的被害が出ている場合の迅速な受診対応
- 現場保存
- 証拠の収集・記録化
- 警察通報の検討など
これら5つの共通事項を踏まえ、現場対応で特に留意すべき点について解説します。
現場の保存
実態把握を行う必要があるため、迷惑行為があったそのままの状態を維持することが大切になります。
そのために、行為者である患者を別の場所に誘導することは、現場保存の観点からも意義があると言えます。
警察官に出動を要請した場合
警察が到着するまで、現場をそのままの状態にしておく必要があります。
警察による実況見分が終わった後も、片づけていいか確認をとる必要があります。
証拠収集・記録化
事後対応のために、証拠収集と事案の記録化を直ちに行う必要があります。
特に、民事訴訟や、告訴・告発など捜査機関への対応でとても重要になります。
民事事件と証拠
民法第709条における損害賠償請求をする際には、以下の3点を被害者側で証明する必要があります。
- 加害行為があったこと
- 損害が生じていること
- 加害行為と損害の間に因果関係があること
被害者職員がこれらを証明しなければならないことを考えても、現場の保存や証拠収集、記録化が、医療機関の対応として非常に重要になることがわかると思います。
証拠の具体例
職員がケガをしている場合、損害賠償請求の証拠として以下の提示が必要となります。
- ケガ部位の写真
- 関係者へのヒアリング記録
- 診断書
- 領収書 等
ヒアリングの注意点
関係者にヒアリングを行う際に注意すべきポイントとして、以下の4点を挙げたいと思います。
- ①5W1Hを意識
-
ヒアリングを行う際には、5W1H(Who【誰が】、When【いつ】、Where【どこで】、What【なにを】、Why【なぜ】、How【どのように】)を意識して行うと記録の漏れが少なくなります。
- ②被害者を責める発言はしない
-
「あなたの注意も足りなかったのでは?」という発言はNGとなります。
被害者を責めるような発言をしてしまうと、被害者である職員が事件に関して口を閉ざしてしまい、必要な事実が収集できなくなる可能性があるからです。 - ③可及的速やかにヒアリング
-
ヒアリングをする時期は、事件により近い時期に実施する必要があります。ただし被害者が落ち着いているかどうかの配慮も必要です。
- ④生の発言を記録
-
記録作成にあたっては、関係者の生の発言を「〇〇」を使ってそのまま記載するなど、記録としてわかりやすくすることが大事です。
ハラスメント発生!➌事件発生後の対応
事件の発生後、医療機関として警察へ被害届を出すことや、加害者に対する損害賠償請求を行うことを検討します。
弁護士との顧問契約がある医療機関については、顧問弁護士へ相談した方が的確に対応が進むでしょう。時間経過とともに事案の収集が困難になり、深刻化する可能性があるため、早めに相談することをおすすめします。
迷惑行為を行った者への対応
迷惑行為を行った患者に対し、以下の2つの観点から対応を検討します。医療機関の毅然とした対応は、問題解決や再発防止のためにも重要になります。
①民法上の責任
携帯電話を投げつけられたことにより職員がケガを負った場合、行為者である患者に対して損害賠償請求を検討します。
②刑法上の責任
職員に携帯電話を投げつける行為は刑法第208条の暴行罪に、またケガを負っている場合には刑法第204条の傷害罪に該当する可能性があります。
この場合、警察に対する被害届の提出を検討します。
刑法
(傷害)
- 第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(暴行)
- 第二百八条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
迷惑行為の分析
事件発生後、医療安全委員会等で事件の原因分析を行うとともに、再発防止策の検討を行います。
ここで重要なのは、現場任せにせずに、医療安全委員会等を中心とした組織的な対応を行うことです。
事例紹介:ペイシェントハラスメントを効果的に対処した医療機関の成功事例

最後に、厚生労働省が運営する「いきいきと働く医療機関サポートWEB いきさぽ」から、患者等による迷惑行為に対して組織的に対応した医療機関の事例を紹介したいと思います。
【施設概要】
- 施設名:神奈川県立がんセンター
- 病床数:395床
- 職員数:736人(平成29年度数値)
【テーマ】
- 「医療メディエーター」の配置と「相談・苦情対策検討会議」の設立による、医療職が働きやすい環境の整備
【取組のきっかけ】
- 近年、患者や家族からの苦情や暴言が増加。
- 相談部門における窓口対応職員が大変苦慮し疲弊している状況。
- 組織全体で対応する仕組みがなく、がん相談員や各部署、事務職員などでその都度、初期対応を行っていた。
- 患者家族からのクレームは、職員や職種間の人間関係などにも影響していた。
【取組内容】
- 平成27年4月より県立病院機構5病院に医療メディエーターを配置。
- 当該病院は医療メディエーターを専従配置とした。
- 医療メディエーターは、病院長の指示のもと組織横断的に活動。
- 医療職と患者の中立的な立場を保ち、患者と医療職双方の意見を聴きつつ対応。
- 基本は各部署で初期対応。第三者が介入すべき事例のみ医療メディエーターが介入。
- 職員に医療メディエーターの役割を理解してもらう取り組み実施。
- 病棟や部署ラウンドで、早めに情報収集しコンフリクトになりうる事柄の早期発見に努めた。
- 平成30年12月に組織した「相談苦情対応検討会議」にて月1回、事案共有と対策の検討。
【取組の成果】
- 医療職全体(特に医師)の精神的負担の軽減
- 苦情解決件数の増加
- クレームやハラスメントの早期対応解決(期間の短縮)
- クレームやハラスメントの問題が大きくなることへの予防
- 医療メディエーターが介入してからは、訴訟案件がゼロ
【院内の反応】
- 主に医師からの介入要請が増加。
- 早期に医師や看護師から介入依頼が来るようになっており、医師や看護師の精神的負担軽減につながった。
- それまで医師の精神的負担が看護師等の医療職にも影響していたが、その他医療職の精神的負担が減少した。
- 職員同士の対立も第三者的な立場で解決策を見いだせるような場作りができた。
- 医療メディエーターの院内での認知向上は、上席医師からの依頼がきっかけになった。
- 上席医師の体験が後輩医師へ伝わり、他の医師や看護師等に広まった。
【課題】
- 医療メディエーターだけではなく、医療職自身が患者とのコミュニケーションスキルを高め、相談・苦情対応を円滑に対応していく。
- 毎年中堅管理職以上の職員に医療メディエーション基礎研修を行い、日常業務からメディエーターマインドで対応できる職員育成を継続して行う。
出典:いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ) (mhlw.go.jp) Microsoft PowerPoint – R3年度好事例集
まとめ:経営者として職員を守る! ペイシェントハラスメントへの長期的な防止策
今回は、ペイシェントハラスメントの具体的対応策やリスクマネジメント強化の方策について解説しました。
患者やその家族による一方的な迷惑行為は決して許されるものではありません。しかし、こうした残念な行為が医療現場で増えているのもまた事実です。
医療機関が考えなければならないことを以下にまとめます。
- ハラスメント行為に毅然とした立場を示すこと
- 組織的にハラスメント対策を講じ、職員が安心して働ける職場環境を作ること
- 全職員に対して継続的な教育を行い、組織全体でハラスメント防止の意識を向上させること
- 職員のメンタルヘルスケアサポート体制を充実させ、離職防止を図ること
そのためには、トップが高い意識を持ち、患者やその家族、診療に関わる全ての関係者に対し、強いメッセージを発信し続けていくことが重要です。
今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。