「心理的安全性が大切なのは分かっているけれど、どこまで指導していいのか正直よく分からない」
医療機関の管理職や医療安全担当者のなかにも、このように感じている方は多いのではないでしょうか。
医療現場では、患者対応や医療安全、職員間の調整、ハラスメント対応など、日々さまざまな判断が求められます。
“言うべきことは伝えなければならない一方で、言い方や伝え方には細心の注意が必要”
このような難しい立場に置かれているのが今の管理職の方々です。
筆者は5年間、医療機関での管理職を経験しましたが、当時はこうした状況に少なからず苦手意識を抱えながらスタッフの評価・指導にあたってきました。
しかし、こうした苦手意識は、評価や指導、戒めの言動に明確な基準が設けられていなかったことが原因なのではないか、と今になって感じているところです。
本記事では、心理的安全性を大切にしながら、評価・指導を行うための考え方を、医療機関の管理職・医療安全担当者向けに整理します。
「叱らない管理」ではなく、現場と職員を守るための実務的な管理の視点を一緒に確認していきましょう。
そもそも医療現場における心理的安全性の全体像や、ペイシェントハラスメント・安全配慮義務との関係については、以下の記事で整理しています。
▶ 医療機関における心理的安全性とは?ペイシェントハラスメント・安全配慮義務・離職リスクを下げる実務設計
「心理的安全性=叱ってはいけない」は誤解

まず最初に押さえておきたいのは、
心理的安全性は「叱らないこと」や「注意しないこと」を意味するものではない
という点です。
心理的安全性とは、本来、「不安や恐れを感じることなく、意見や疑問を伝えられる状態」を指します。
業務上の課題や改善点を伝えないことを正当化する考え方ではない、ということを押さえておく必要があります。
しかし現場では、
指導するとハラスメントと受け取られないか不安
⇒どう表現すればいいか迷ってしまう
⇒結果として、問題行動を指摘できない
⇒管理職自身が消耗している
といった状況が起こりがちです。
この状態が続くと、本人の成長機会が失われるだけでなく、周囲の職員への負担や、医療安全上のリスクにもつながります。
大切なのは、「指導する・しない」という二択ではなく、どのように伝えるか、何を目的に伝えるか、を整理することです。
医療現場の管理職が抱える「評価・指導のジレンマ」

医療機関の管理職は、さまざまな立場で判断を求められます。
- 患者・家族への配慮
- 職員を守るための安全配慮義務
- ハラスメント防止への対応
これらを同時に考えながら行動する必要があるという難しい課題を抱えています。
特に心理的安全性という言葉が浸透して以降、
- 厳しく伝えることに躊躇してしまう
- 判断を先送りにしてしまう
- 管理職自身が疲弊してしまう
といったケースも見受けられます。
さらに、判断を先送りにし続けることで、
- 現場の基準が定まらない
- 指導のばらつきが生まれる
- 管理職が孤立しやすくなる
といった別の問題が生じることもあります。
こうしたジレンマを乗り越えるためには、心理的安全性を感覚的な言葉ではなく、日々の判断に使える考え方として整理することが重要です。
心理的安全性を阻害してしまう「3つのNG指導」

心理的安全性を意識するあまり、結果として現場の安心感を下げてしまうことがあります。
ここでは、医療現場で実際によく見られる「心理的安全性を阻害しやすい3つの指導パターン」を整理します。
どれも「悪意がない」からこそ起こりやすい点が特徴です。
NG① その場しのぎで基準を曖昧にする指導
「今回は忙しかったから仕方ないよ」
「今回は特別ね」
これは一見配慮ある声かけに思えますが、この対応が繰り返されると、現場では何が起きるでしょうか。
- 何が正解なのか分からない
- 注意される人・されない人の差が気になる
- 管理職の判断基準が見えない
このような不安が生まれてしまいます。
基準が曖昧な職場は、心理的に安心できるとは言えません。
むしろ、「次はどう判断されるのか分からない」という緊張感が残ってしまいます。
指導の場面では、「今回は例外」なのか「本来の基準は何なのか」を言葉にして伝えることが、心理的安全性を守ることにつながります。
NG② 本人への配慮を優先しすぎて問題を放置する指導
「本人も大変そうだから、今は言わないでおこう」
「もう少し様子を見よう」
こうした判断は、人として自然なものです。
しかし問題行動や不適切な対応を放置したままにすると、周囲の職員は別の不安を抱えます。
- なぜ改善されない?
- 声を上げても無駄なのでは?
- 我慢している人が損をしているのでは?
結果として、現場全体の心理的安全性が下がるケースも少なくありません。
心理的安全性とは、誰か一人が守られている状態ではなく、「職員全体が納得できる状態」であることが重要です。
本人への配慮と同時に、周囲への影響も視野に入れた対応が求められます。
NG③ 感情的にならないことを優先しすぎて伝わらない指導
「冷静に、穏やかに伝えよう」
こう意識するあまり、結局、何を改善してほしいのかが伝わらない指導になることがあります。
- 改善に向けた具体的な行動が示されていない
- 問題点がぼやけてしまっている
- 指導される本人が深刻さを理解できていない
この状態では、指導を受けた側も、「結局、どうすればよかったのか分からない」という不安が残ります。
心理的安全性は、分かりやすさ・一貫性・予測可能性(予測できる状態)によって支えられます。
感情的にならないことは大切ですが、伝えるべきポイントまで曖昧にする必要はありません。
管理職が押さえたい視点
ここまで見てきたNG指導に共通するのは、
守ろうとした結果、基準や判断が見えなくなっている
という点です。
心理的安全性を守るために必要なのは、優しさだけではありません。管理職は以下の3つのポイントを押さえながら実務対応を進めていくことが大事です。
- 判断の軸を示すこと
- 行動と評価を切り分けて伝えること
- 管理職自身が迷っているポイントを整理すること
心理的安全性を保ちながら指導・評価するための基本設計

これまで、心理的安全性を意識しているつもりでも、現場では逆効果になることがある点について確認してきました。
それでは、管理職は何を軸に指導し、どう評価すればいいのでしょうか。
ポイントは、「優しくするか」「厳しくするか」ではなく、指導と評価の“設計”を分けて考えることです。
① 心理的安全性は「甘さ」ではなく「予測可能性」
まず押さえておきたいのは、「心理的安全性=何を言っても許される」という意味ではないということです。
医療現場での心理的安全性とは、以下の3点が職員にとって予測できる(予測可能性)状態であることです。
- 何をすると注意されるのか
- 何をすれば評価されるのか
- 判断基準が一貫しているか
この予測可能性があるからこそ、
- 意見を言っても大丈夫
- 失敗を報告しても責められない
- 改善のための相談ができる
という空気が生まれます。
② 指導は「行動」に、評価は「役割」にひもづける
「指導」と「評価」を一緒にしてしまうと、現場は一気に萎縮します。
そこで意識したいのが、以下のようにこれらを切り分けて行うことです。
| 指導 | 評価 |
| 具体的な「行動・事実」に対して行う | 「役割・責任・期待水準」に対して行う |
次の事例を考えてみましょう。
「この対応は安全確認が不十分だった」
この指摘は「指導」に該当します。
しかし、
「あなたは看護師として未熟だ」
この言い方になると、「評価」や人格にまで踏み込んでしまっています。
行動にフォーカスして指摘することで、相手には「この場合はこう直せばいい」という感覚が残り、心理的安全性が保たれます。
③ 「注意する場面」と「評価する場面」を分けて考える
心理的安全性が崩れやすいのは、注意や指導が、そのまま人事評価に直結していると感じられるときです。
管理職側にその意図がなくても、
「今注意されたことが評価に響くのでは…」
と受け取られると、職員は報告や相談を避けるようになります。
そのため、次のように注意や指導の意味づけを分けることが重要になります。
| 日常の指導 | 評価面談 |
| 改善のためのコミュニケーション | 役割や期待水準を確認する場 |
④ 「できていない点」だけでなく「求めている状態」を言語化する
指導の場面では、「何ができていなかったのか」だけで終わらせないことがポイントです。
- どの状態を目指しているのか
- 次はどうしてほしいのか
ここまで言語化されてはじめて、職員は安心して今後の行動を選べます。
管理職に求められるのは「伝え方」より「構造の整理」
心理的安全性を保った指導・評価は、話し方のテクニック以前に、これまで見てきたような構造の問題があります。
- 基準が整理されているか
- 指導と評価が混ざっていないか
- 管理職自身が迷っていないか
この構造がしっかり整理されていれば、多少言葉が拙くても、現場は納得しやすくなります。
「評価」「指導」「叱る」を混同しないための整理

指導の現場でよくある悩みの一つに、
「どこまでが指導で、どこからが叱責なのか分からない」
というのがあります。
実はこの混乱こそが、心理的安全性を下げる大きな原因になる場合があるのです。
まずは、「評価・指導・叱る」を役割ごとに整理しましょう。
① 「評価」:役割と期待水準を確認する行為
「評価」とは、「この人が、求められている役割をどの程度果たしているか」を確認する行為です。
評価の対象は、あくまでも以下に挙げる項目であり、その場のミスや感情とは切り離して考えるものです。
- 能力やスキルそのもの
- 役割に対する到達度
- 組織への貢献度
評価は本来、定期的・計画的に行うものです。
突発的なトラブル対応の場で行うものではありません。
② 「指導」:行動を修正するためのコミュニケーション
「指導」は、「具体的な行動を、より良い方向に修正するための関わり」です。
ポイントは、次に掲げる点にあります。
- 事実に基づいている
- 再発防止・改善を目的にしている
- 人格や能力の否定を含んでいない
たとえば、
- 「安全確認の声かけが省略されていた」
- 「記録が後回しになっていた」
こうした行動レベルの指摘が指導です。
指導は日常的に行われるものだからこそ、心理的安全性との相性がとても重要になります。
③ 「叱る」:ルール違反や危険行為への“線引き”
「叱る」とは、「目下の人の良くない言動を咎める、戒める」行為です。
現場では、当然、叱ることが必要になる場面も存在します。
- 明確なルール違反
- 患者・職員の安全を脅かす行為
- 繰り返される改善拒否
こうしたケースでは、「これは許されない行為である」という“線引き”をはっきり示す必要があります。
ただし、ここで注意したいのは、「叱ること=感情的に怒ること」ではない、という点です。
叱る行為もまた、組織としての判断であるべきで、管理職個人の感情の露呈であってはいけません。
④ 混同が起きると、現場では何が起こるか
「評価・指導・叱る」を混同してしまうと、現場では次のような反応が起こりやすくなります。
注意されるたびに評価が下がると思い込む
⇒改善よりも「怒られないこと」を優先する
⇒ミスやトラブルを隠す
これは心理的安全性が下がった状態そのものです。
管理職が「評価・指導・叱る」の役割を整理できていないと、職員はなおさらその指摘が何だったのか整理できません。
⑤ 管理職が意識したい「場」と「目的」の切り替え
混同を防ぐために、管理職が意識したいのは次の2点です。
- 今は何の「場」なのか(指導?評価?)
- 「目的」は何か(確認?改善?線引き?)
これを自分の中で明確にしたうえで関わるだけでも、現場の受け取り方は大きく変わるはずです。
整理できている管理職ほど、現場は安心する
「評価・指導・叱る」を整理できている管理職のもとでは、
- 注意されても人格を否定されたと感じにくい
- 改善に向けた会話ができる
- トラブルを共有しやすい
という空気が自然に育ちます。
心理的安全性は、優しい言葉よりも、管理職の考え方の整理によって守られます。
心理的安全性が高い職場ほど離職・トラブルが減る理由

医療現場における心理的安全性は、
離職やトラブルの“芽”が早い段階で表に出てくる仕組みになる
という点において、より実務的な意味を持ちます。
心理的安全性が低い職場では、現場で起きている小さな違和感や困りごとが共有されません。
- 患者・家族からの無理な要求
- スタッフ間の行き違い
- 業務負荷の偏り
なども、「これくらいで言うのは大げさかもしれない」と飲み込まれがちです。
結果として、問題は水面下で積み重なり、ある日突然「辞めたい」「限界です」という形で噴き出します。
一方、心理的安全性が高い職場では、
- まだ深刻化していない段階で相談が上がる
- 「自分一人で抱えなくていい」という共通認識がある
- 管理職や医療安全担当者が状況を把握しやすい
という状態が作られます。
これは、特別な制度がなくても、「話しても否定されない」「問題提起しても不利にならない」という経験の積み重ねによって醸成されます。
この違いは、ペイシェントハラスメント対応にもはっきり表れます。
心理的安全性が低いと、現場職員が「自分の対応が悪かったのかもしれない」と一人で抱え込み、初動対応が遅れやすくなります。
逆に、心理的安全性が高い職場では、「これは個人の問題ではなく、組織で共有すべき事案だ」と早い段階で判断でき、対応が属人化しにくくなります。
結果として、次のような好循環が生まれるのです。
深刻化する前に手を打てる
⇒対応が後追い・場当たり的にならない
⇒現場の消耗が減り、離職リスクが下がる
心理的安全性は、職員の“気持ちの問題”に留まらず、組織としてリスクを早期発見し、離職やトラブルを未然に防ぐための「土台」として機能するものです。
心理的安全性は「管理職を守る仕組み」でもある

心理的安全性は、一般的に「部下のためのもの」「優しい職場づくりの話」と受け取られがちですが、管理職や医療安全担当者自身を守る仕組みでもある、という側面があります。
医療現場の管理職は、常に板挟みの立場に置かれています。
現場の負担や不満は理解できる一方で、
- 組織としてのルール
- 経営判断
- 対外的な責任
も背負わなければなりません。
その中で起きたトラブルが「知らなかった」「報告がなかった」と後から表面化すると、最終的な責任は管理職に集中しやすくなります。
心理的安全性が低い職場では、以下の順番で管理職の責任が問われることがあります。
現場の困りごとが上がってこない
⇒問題が起きてから初めて把握する
⇒「なぜ事前に気づけなかったのか」と問われる
これは管理職個人の能力の問題以上に、情報が上がらない構造そのものが原因です。
一方、以下のような心理的安全性が高い職場では、管理職が「判断を一人で背負わされる」状態になりにくく、結果として管理職を“孤立させない”ことにつながります。
早い段階で情報が共有される
⇒現場の声を前提にした判断ができる
⇒記録や経緯が残りやすく、説明責任を果たしやすい
ペイシェントハラスメントやクレーム対応においても同様、心理的安全性が高い職場は、「あのとき誰が悪かったのか」という犯人探しではなく、「組織としてどう判断し、どう対応したのか」という形で整理します。
これは、後から問題になった場合のリスク管理という意味でも、管理職を守る重要なポイントです。
心理的安全性は、管理職が現場を甘やかすためのものではありません。
現場の情報を集め、判断の根拠を持ち、責任を一人で抱え込まないための実務的な防御線と言えます。
だからこそ、心理的安全性は「余裕があれば取り組むもの」ではなく、管理職自身の働き方と責任を持続可能にするための基盤として位置づける必要があります。
管理職・医療安全担当者が押さえておくべきペイシェントハラスメントの組織的対応の重要性や全体設計については、以下の記事で詳しく整理しています。

なお、心理的安全性の取り組みは、「雰囲気づくり」や「コミュニケーション改善」に留まらず、職員の心身の健康を守るという安全配慮義務の実務と密接に結びついています。
以下は、心理的安全性と安全配慮義務の関係を、法的視点と現場実務の両面から整理した記事です。

ここまで解説してきた心理的安全性や指導・評価の考え方は、管理職個人の意識だけで完結するものではありません。
医療現場全体で共通理解を持ち、判断基準をそろえることが重要です。
当事務所では、医療機関向けに
- ペイシェントハラスメント対応
- 管理職・医療安全担当者向け研修
- 安全配慮義務を踏まえた体制づくり
をテーマとした研修・講演を実施しています。
▶︎ 医療機関向け ペイシェントハラスメント・管理職研修のご案内
まとめ|管理職・医療安全担当者が果たすべき役割

心理的安全性は、「優しい職場をつくるための考え方」ではありません。
医療現場においては、離職・トラブル・ハラスメントを未然に防ぎ、組織と管理職自身を守るための極めて実務的な基盤装置です。
現場の職員が安心して意見を出し、ミスや違和感を早期に共有できるかどうかは、管理職や医療安全担当者が
- 何を評価し
- どこまで介入し
- どの段階で組織として判断するのか
という判断基準を明確に示しているかに大きく左右されます。
管理職・医療安全担当者の役割は、すべてを現場に任せることでも、すべてを管理することでもありません。
現場が安心して動ける枠組みを整え、必要なときに責任をもって判断することです。
心理的安全性を「感覚論」で終わらせず、評価・指導・ハラスメント対応・安全配慮義務と結びつけて設計することが、これからの医療機関に求められる管理職の姿だと考えます。
