「終身雇用」と「年功序列」。
日本の企業に多くみられる雇用慣行ですが、巷ではすでに崩壊しているとの声も出てきているようです。
終身雇用と年功序列制度は、多くの医療機関でも取り入れられ、スタッフの定着や経営の安定化に寄与してきました。
しかし、これらの雇用慣行が足かせとなり、人件費の高騰や生産性の低下を招いて、経営の行き詰まり感じている医療機関も多いのではないでしょうか?
もしこのまま何らかの対策を講じなければ、自然と経営上の危機を招く可能性も十分考えられます。
今回は、医療機関が認識しておくべき終身雇用と年功序列のメリットやリスクについて解説し、経営の持続可能性に向けた対応策について提案したいと思います。
終身雇用と年功序列の基礎知識:なぜ今も重要なのか?
まず始めに、終身雇用と年功序列制度の基本的な仕組みと、その歴史的背景について説明します。
終身雇用と年功序列の基本概要
終身雇用と年功序列とは?
終身雇用とは、事業主が従業員を定年まで雇用することを前提とした雇用制度のことを言います。
この終身雇用とセットで日本型雇用慣行とされているものに年功序列制度があります。年功序列制度とは、年齢や勤続年数の長さに応じて給与や役職が上がる雇用制度のことを言います。
一般的に年功的賃金制度では、若手から中堅層は組織への貢献に対して賃金が低く抑えられます。その後、ベテランになるにつれ、それまで低く抑えられていた賃金が上乗せされるかたちで支給されます。
メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用
終身雇用や年功序列制度はメンバーシップ型雇用に分類されます。新卒一括採用で人材を集めておいて、その後から仕事を割り当てる雇用の方法となります。
「就職」というより「就社」という表現が合っているかも知れません。
メンバーシップ型雇用は、職務や勤務地、労働時間など細かな労働条件を明示しないで雇用されるのが一般的です。
メンバーシップ型雇用に対してジョブ型雇用というものもあります。ジョブ型雇用とは、職務に応じて人を雇い入れる方法です。職務や勤務地、労働時間などを職務記述書で明確に限定して、職務にふさわしい人材を採用する考え方です。
終身雇用や年功序列制度にみられるメンバーシップ型雇用は、日本で多くみられる雇用形態で、年齢や勤続年数に応じて年収が上昇します。
逆に、ジョブ型雇用は海外で多くみられる雇用形態で、年齢や勤続年数ではなく職務で年収が決まると言われています。
一般的なメリットとデメリット
終身雇用と年功序列制度の一般的なメリットとデメリットについて簡単にまとめると、以下の表のとおりとなります。
メリット | デメリット | |
終身雇用 | ・安定的な生活保障 ・帰属意識を高める ・人的資源の安定 | ・ベテラン層のスキルと士気の停滞 ・不景気下の人員調整困難 ・組織の競争力維持困難 |
年功序列 | ・定着率が上がる ・長期的な育成可能 ・人事評価しやすい | ・高齢化による人件費高騰 ・若手の士気低下 ・革新的アイデア生まれづらい |
いつから始まったのか?歴史的背景から「崩壊」と言われる理由を探る
日本に多くみられるこの終身雇用と年功序列制度。いったいいつから始まったのでしょうか。
1950年代後半に、アメリカの経営学者、ジェームズ・C.アベグレン氏が『日本の経営』の中で、「終身雇用」「年功制」「企業別組合」を日本企業の強みとし、日本的経営における「三種の神器」として提唱したことが始まりと言われています。
しかし、現在にいたっては、終身雇用と年功序列制度は崩壊しているとの声も出てきています。
ここでは、終身雇用や年功序列制度の変遷について確認しながら、崩壊していると言われる理由について探ってみたいと思います。
大正末期から昭和初期に原型ができる
終身雇用制度の原型ができたのは、大正末期から昭和初期にかけてといわれています。戦前の日本では熟練工がより給与の高い職場を求めるなど転職が盛んでした。企業は労働者を引き留めるために福利厚生の充実を図り、昇給制度や退職金制度を導入しました。
戦時下の労働統制以降、労使の共同体意識醸成
日中戦争の頃、徴兵や軍需産業の高まりから人手不足が深刻となり、戦時下においては国が労働統制を行うようになりました。この頃から終身雇用や年功序列など労使における共同体意識の醸成ができてきたと言われています。
第二次世界大戦後に全国へ普及
終身雇用と年功序列制度が本格的に日本全国に普及したのは、第二次世界大戦後と言われています。
1960年代から1980年代までの日本は、モノをつくって世界に売る輸出国でした。それを支えたのは、戦後生まれの人口が多い世代からなる労働者たちでした。
当時の企業には、大量の労働者を終身雇用し続け、年功序列制度を維持できるだけの経営基盤や内部留保がありました。
1970年代以降、日本型経営に陰りが
終身雇用や年功制などの日本型経営に陰りが出てきたのは、オイルショックやプラザ合意により輸出企業が経済的打撃を受けた1970年代後半と言われています。
バブル経済崩壊で「三種の神器」維持できない企業増加
1991年のバブル経済の崩壊により、日本経済は長期にわたる景気低迷に陥ります。
労働者の生活の安定につながっていた「三種の神器」を維持できない企業が増えました。多くの企業は正規雇用からコストが低く長期雇用の保障がいらない非正規雇用者にシフトしていきます。
2019年、経団連会長から「終身雇用を守れない」趣旨の発言
2019年5月、中西宏明経団連会長から「終身雇用を守れない」という趣旨の発言がありました。
さらに、トヨタ自動車・豊田社長からも、「今の日本をみていると、雇用をずっと続けている企業へのインセンティブがあまりない」との発言がありました。
この時期、日本経済界のトップから発せられた終身雇用が維持困難である旨の声明によって、世間に「崩壊」の見方が広がるようになりました。
労働者の意識は変わったか?
雇用される労働者側の意識はどのように変化しているのでしょうか。
ここでは、独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施した「第7回勤労生活に関する調査(2015年)」(調査期間:2015年11月27日~12月20日、有効回答数:2,118人)から、日本型経営に対する労働者の意識を探っていきたいと思います。
以下の資料をみてみると、1999年以降、終身雇用も年功序列も共に支持率が増加していることがわかります。
直近2015年では、日本の労働者の9割近くが終身雇用を支持する結果が出ています。
1999年 | 2004年 | 2011年 | 2015年 | |
終身雇用 | 72.3% | 78.0% | 87.5% | 87.9% |
年功賃金 | 60.8% | 66.7% | 74.5% | 76.3% |
参考:
日本に特徴的な制度か?諸外国との比較検討
実際に終身雇用や年功序列制度は、他国と比べて日本の雇用制度の特徴と言えるのでしょうか。
結論から申し上げると、研究機関の調査の結果から、
・「終身雇用は、日本の雇用の特徴といえる」
・「年功型賃金は、日本の雇用の特徴といえない」
ということが言えそうです。
リクルートワークス研究所が発表した『「日本型雇用」のリアル―多国間調査からいまの日本の雇用を解析する―』から、諸外国との比較についてみていきたいと思います。
参考:
「日本型雇用」のリアル ―多国間調査からいまの日本の雇用を解析する―|報告書|リクルートワークス研究所 (works-i.com)
終身雇用は日本に特徴的な制度か?
まず、終身雇用について、現在勤める会社の勤続年数を国別に比較してみると、以下のとおりとなります。
30代 | 40代 | |
日本 | 8.6年 | 14.3年 |
ドイツ | 6.9年 | 11.6年 |
フランス | 8.1年 | 12.3年 |
イギリス | 5.7年 | 8.2年 |
アメリカ | 7.3年 | 10.3年 |
中国 | 7.8年 | 16.7年 |
スウェーデン | 6.5年 | 10.1年 |
上記の資料から、終身雇用については以下のことが読み取れます。
・「30代の平均勤続年数は、日本が最も長い」
・「40代の平均勤続年数は、中国に続き日本が2番目に長い」
引用:リクルートワークス研究所『「日本型雇用」のリアル―多国間調査からいまの日本の雇用を解析する―』
以上のことから、同研究所は「終身雇用は、日本の雇用の特徴といえる」と結論付けています。
年功序列は日本に特徴的な制度か?
次に、年功賃金について、30代から40代の年収を5歳刻みで国別に比較してみると、以下のとおりとなります。
30~34歳 | 35~39歳 | 40~44歳 | 45~49歳 | |
日本(万円) | 450 | 500 | 500 | 540 |
ドイツ(ユーロ) | 50,000 | 50,000 | 63,792 | 66,250 |
フランス(ユーロ) | 38,000 | 35,500 | 45,000 | 40,000 |
イギリス(ポンド) | 39,000 | 40,000 | 54,000 | 60,000 |
アメリカ(ドル) | 75,000 | 80,000 | 75,000 | 85,000 |
中国(元) | 155,000 | 185,000 | 200,000 | 195,000 |
スウェーデン(クローネ) | 260,000 | 400,000 | 500,000 | 500,000 |
上記の資料から、年功賃金については以下のことが読み取れます。
・「年齢上昇に伴い年収が上昇する傾向は日本だけの特徴ではない」
・「勤続年数に応じて年収が上昇する傾向は日本だけの特徴ではなく、日本はむしろ上昇してきた人の割合が低い」
引用:リクルートワークス研究所『「日本型雇用」のリアル―多国間調査からいまの日本の雇用を解析する―』
以上のことから、同研究所は「年功型賃金は、日本の雇用の特徴といえない」と結論付けています。
安定と信頼—終身雇用と年功序列が医療機関にもたらすメリット
ここでは、終身雇用や年功序列制度が医療機関にどのようなメリットをもたらすのか解説していきます。
職員の定着率向上
人材確保が経営の重要課題である多くの医療機関において、終身雇用や年功序列制度は職員の定着率に寄与します。
定年まで雇用が確保され、さらに年次を経るごとに給与が上がるため、職員の忠誠心や帰属意識が向上し、雇用された医療機関で職務を全うしたいという貢献意欲への動機付けとなります。
長期的な育成がしやすい
国家資格を持つ医療従事者にとってスキルの向上や経験の蓄積は非常に重要な課題となります。定年までの雇用が保障され、年功的に役職も得られる環境では、職員のモチベーション維持がしやすく、組織的に将来の幹部候補を育成することができます。
組織の安定につながる
医師や看護師など医療の世界は、上下関係のはっきりしたピラミッド型組織と言えます。指揮命令関係が明白で部署ごとの統制が取りやすく、組織全体の安定にもつながります。
年功序列制度は、本来医療機関に馴染みやすい制度と言えるかも知れません。
停滞のリスク—終身雇用と年功序列が医療機関にもたらす影の部分
ここでは、前述したとおりメリットがある反面、終身雇用と年功序列が医療機関にもたらす経営上のリスクについても説明します。
人件費高騰による収支悪化
組織の構成上、ベテラン層の比率が高まることで人件費の高騰は避けて通れません。医師や看護師など専門職を多く抱える医療機関においては、収益のほぼ半分は人件費が占めます。
年を追うごとに人件費率が上がる年功賃金において、収支が悪化する可能性は多分にあると言えます。
医療の質の相対的低下
職場間の移動が少ないため、移動をとおして養われる標準的なスキルや経験を積む機会が少なくなります。
そのため、適切に新陳代謝が行われる他の医療機関との相対的な医療の質の低下を招く可能性があります。
若手職員のモチベーション低下
ベテラン層は特別な努力をしなくても、定年まで身分が保障されています。ベテラン層のモチベーション維持は当然大きな課題ですが、何より有能な若手職員のモチベーション低下が組織の生産性や競争力低下を招きます。
有能な人材から離職が始まり、職場における医療の質の低下や、医療事故のリスクが高まる可能性があります。
なお、医療機関におけるモチベーション管理の重要性については、以下の記事でも取り上げています。
医療機関の未来を見据えて—終身雇用と年功序列が競争力に与える影響
ここでは、終身雇用と年功序列制度が医療機関の競争力に与える影響と、長期的な持続可能性について分析したいと思います。
長期的な持続可能性の見通し
終身雇用を維持して60歳定年制を継続する場合、今後さらに進行していく少子高齢化を考えると、医療者の人材確保がますます困難になるのは明白です。
また、年功序列を維持する場合、人件費が増加し続けることで収支を圧迫し、今より経営困難な未来が待ち受けていることも明らかです。
競争力に与える将来の影響とは
人材が医療機関の質を決めると言っても過言ではありません。
特に対策を立てずに現状が続けば、人件費の高騰や生産性の低下により、医療機関としての相対的な競争力や価値は低下し、人材が周囲の施設に流出してしまうことが予想されます。
現状の人材不足に追い打ちをかけ、経営上の危機に陥る可能性もあるでしょう。
公立病院の赤字は上昇し続ける人件費が主な原因
公立病院が赤字で苦しむ原因は、まさに硬直的で上昇し続けるこの人件費にあります。公立病院だけではなく、多くの医療機関が抱える悩みでもあります。
筆者が勤めていた中小規模の医療機関でも、年に2千万円前後は人件費が増え続けていました。その分収支は圧迫され続けますので、診療科ごとの増収対策の取り組みで、年ごとにわずかな利益を確保している状態でした。当然これでは、十分な設備投資や、職員に対する賞与での還元というのは後回しになります。
現状の終身雇用や年功序列制度の維持は、患者に対する医療サービス提供の質の低下を招くリスクともなります。
変化に対応する医療機関経営—終身雇用と年功序列の見直し方
それでは、医療機関が経営を維持していくためには、どのようなことが考えられるのでしょうか。
考え方の大きな方向性として、個人的には終身雇用や年功序列は原則維持でいいと考えます。
しかし、これらの制度を維持するには、その前提として以下の5点が必要となります。
終身雇用・年功序列原則維持の前提条件
①役職定年設定と給与制度適正化
②ベテラン層の活用
③職員格付け制度・人事評価制度の確立
④中堅・若手職員への権限移譲
⑤院内及び院外における組織的な研修の遂行
①役職定年設定と給与制度適正化
役職定年を設けつつ、人件費の上昇を抑制するための給与制度の適正化を図る必要があります。
役付きのベテラン層は一定年齢で役職を解除し、一般職員として現場業務をする傍ら、若手や中堅職員の指導役に回ります。OJTで経験や技術を伝承し、組織のレベルアップを図るサイクルを確立させます。
②ベテラン層の活用
定年延長や業務委託化を取入れ、70歳までベテラン層を戦力として活用することが重要です。
現在、定年が60歳の施設であれば65歳を定年とし、65歳から70歳までは業務委託として個別契約して、ベテラン層の士気の維持・向上と、医療現場での活用を図るのです。
高齢者雇用安定法改正により、2021年4月から70歳までの就業機会確保が努力義務化されました。現行では65歳まで雇用を確保すればいい制度になっていますが、人手不足の医療業界においては、60歳や65歳の定年がそもそももったいない話だと思います。現場で長く培ったスキルや経験は、少なくとも70歳までは活かせると考えます。
③職員格付け制度・人事評価制度の確立
能力を適正に評価する職員格付け制度を確立することが必要です。そして、職員格付け制度と連動した人事評価制度の導入が必要になります。
有能な中堅・若手職員を抜擢し、経営への参画を推進させることで、モチベーションや生産性の向上を図ります。
これらの制度は単につくって導入するだけではなく、職員への説明を尽くして労使が納得したうえで運用することが求められます。つまり、生きた制度にすることが非常に重要となります。
④中堅・若手職員への権限移譲
中堅や若手職員への権限移譲を積極的に図り、より挑戦的な課題を計画的・継続的に与えることで、若年層のモチベーションを高める施策を組織的に行うことが重要です。
⑤院内及び院外における組織的な研修の遂行
院内研修だけではなく院外での研修参加を促し、標準的な医療技術の習得機会を増やし職員のスキル向上を図る必要があります。
研修については各部門に運営を任せる医療機関も多いと思いますが、施設の政策として研修制度を確立し、一元的な運営管理をしていくことが求められます。
まとめ
今回は、医療機関における終身雇用と年功序列のメリットやリスク、また経営の持続可能性に向けた対応策について考えてきました。
企業に求められる経営上の重要課題は、「事業の継続性(ゴーイングコンサーン)」と言われています。医療機関においても、事業の継続性を念頭に置いた経営を常に心掛ける必要があります。
組織に導入された雇用制度をすぐに変更することは困難を伴います。しかし、今後の少子高齢化の進行を踏まえ、中長期的な観点から制度の見直しに着手することは、自院の事業継続を確保する第一歩になるでしょう。
今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。