管理職が「罰ゲーム化」していると言われています。
近年、現在の会社で管理職になりたいと思う人の割合は低下傾向を続け、今では全体の2割を切る状況です。
医療・福祉・教育分野も同様に低下傾向が続いています。直近の調査では全体の1割強の人しか管理職を希望していないとの結果が出ているようです。
いまの管理職は、人材育成などのマネジメント業務はもとより、働き方改革の対応を始めとしたコンプライアンス遵守や事業における自部署の成績向上まで求められています。
以前より管理職に与えられた課題は確実に増加していると言えます。その一方で、管理職に対する組織的なケアが行われているとはとても言い難い状況です。
今回は、医療機関における管理職自身のメンタルヘルスケアについて考えていきたいと思います。
世の管理職の負担感を探る
実際、世の管理職にはどのくらいの業務負荷がかかっているのでしょうか。
ここでは、パーソル総合研究所が行った「中間管理職の就業負担に関する定量調査」(2019年2~3月実施・【中間管理職調査】n=2000【企業調査】n=300)を参考に、管理職の業務負荷の実態について探っていきたいと思います。
働き方改革が進むほど「中間管理職の負担感は増している」
この調査は、働き方改革が始まった2019年とその前年の2018年において、働き方改革が進んでいる企業群と進んでいない企業群を比較して行っています。
その結果、働き方改革が進んでいる企業群の方が、「中間管理職の負担感は増している」との調査結果が出たのです。
働き方改革が進んでいる企業群 | 働き方改革が進んでいない企業群 | |
中間管理職自らの業務量の増加 | 62.1% | 48.2% |
組織の業務量の増加 | 69.0% | 36.3% |
人手不足 | 65.7% | 44.2% |
時間不足から付加価値を生む業務に着手できない | 56.9% | 42.3% |
パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」を参考に著者作成
負担感が高い管理職ほど「残業が増えた」「仕事の意欲が低下した」
また、中間管理職を負担感の高さに応じて「高群」「中群」「低群」に分けて調査が行われました。
その結果、負担感の「高群」では「低群」と比べて、様々な問題点を高い割合で管理職が抱えていることがわかりました。
高群 | 低群 | |
管理職になって残業が増えた | 47.7% | 40.2% |
管理職になって仕事の意欲が低下した | 23.8% | 18.6% |
転職したい | 27.0% | 20.0% |
学びの時間が確保できていない | 63.0% | 41.1% |
時間不足から付加価値を生む業務に着手できない | 64.7% | 38.7% |
パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」を参考に著者作成
管理職に対するメンタルヘルスケアは医療機関の重要課題
前掲の資料をみて、医療機関で働く皆さんはどのように感じたでしょうか。「自分も同じ」と感じた方がほとんどではないでしょうか。
医療機関では、日々の患者対応や自部署のマネジメントの他にも、医療制度の改正への対応、医療安全や感染対策、医療の質向上などの要素も加わり、業務の複雑性がさらに高まっています。
管理職としてのプレッシャーや責任感から、多くの人がストレスを抱えていると思います。このストレスにどう対処すればいいのか、将来にわたり管理職としてキャリアを続けていけるのだろうかと不安を抱えている人が大半だと思います。
医療機関にとって管理職層は、経営の中核とも言えます。経営の中核をなす管理職層のメンタル不調は、組織の不安定化を招き、これから待ち受ける地域医療構想等、医療制度の改正への対応を難しくさせるでしょう。
医療機関としては、いかに管理職が抱える業務負荷を軽減し、管理職自身のメンタルヘルスケアの支援を組織的に実行できるかが大きな課題と言えます。
医療機関で管理職が直面するストレスの原因
ここでは、医療機関の管理職が直面しているストレスの原因について考えていきたいと思います。
①人手不足と業務過多
人手不足と業務過多は表裏一体の関係と言えます。これは、看護職を始めとした多くの医療機関の管理職が抱える大きな悩みとなっています。
人手不足によって職員一人当たりの業務量は増え、業務量が増えるとそれに耐え切れず、休職者や退職者が増えていくという悪循環に陥ります。
不足している職員のカバーを管理職を含めた部署のメンバーで行う必要がありますので、管理職には人員と業務調整のストレスがかかります。
②患者対応のプレッシャー
患者の命を預かる職業だからこそ、そもそも緊張から逃れるのは難しいと言えます。職員それぞれが研鑽を積み、患者ひとりひとりと真摯に向き合う必要があります。
そのなかで、患者本人やその家族からの過度な要求などにも対峙していかなければいけません。クレームには、管理職が対応することが多くなります。日々の管理業務と並行してプレッシャーがかかるクレーム対応などの業務に時間を取られることは、精神的にも疲弊していく原因になります。
③経営面での責任感
地域医療の担い手として、安定的な経営を続ける必要があります。そのためには、人材確保と人材育成を進め、医療機器を随時更新し、質の高い医療を提供し続ける必要があります。
医療制度の変化が激しいなか、自部署のマネジメントに留まらず、経営上の参画も管理職には当然求められています。医療の専門性発揮と組織運営遂行の両面への対応に負担感が増していきます。
④マネジメント業務と付随業務の負担
精神障害の労災請求件数が、全業種の中で最も高いのが医療・福祉業と言われています。医療機関の管理職は、人手不足のなか、自部署のメンタル不調者の対応もしなければなりません。
そうした管理業務もありつつ、それ以外にも組織全体の委員会活動や各部門で設けた委員会や研修、学会活動があり、それらの付随業務の負担ものしかかっているのが医療機関の管理職の現状です。
⑤交代制勤務による疲労
管理職と言えども交代制で宿日直勤務や夜勤が発生します。不規則な勤務になれば体調面にも影響を与え、ストレスの要因になっていきます。年齢を重ねれば重ねるほど、体にこたえてくるでしょう。
ストレスが管理職自身に及ぼす影響
これまで医療機関の管理職が抱えるストレス要因についてみてきましたが、ここでは、それらのストレスが管理職に及ぼす影響についてみていきたいと思います。
①心身への影響
日々の業務の過度なストレスにより、疲労感や睡眠障害、うつなど心身の健康に影響を及ぼすことが考えられます。胃潰瘍や高血圧、更年期障害や自律神経失調症など、ストレス関連疾病と呼ばれる病気にもなりかねません。
さらには、近年になって免疫機能の低下やホルモン分泌異常による癌の懸念も叫ばれているようです。
②業務パフォーマンスへの影響
ストレスを抱えることで、管理職自身の業務パフォーマンスの低下が懸念されます。管理職自身のパフォーマンスが低下すると、周りのパフォーマンスにも影響を与えます。
ストレスを抱えると自分に余裕がなくなるため、自部署の職員に対して、報告・連絡・相談を受ける時間が減る可能性があります。コミュニケーションの時間自体が減るのと同時に、その質の低下もおきますので、部署全体のパフォーマンス低下と職場の雰囲気の悪化を招き、医療機関全体の生産性低下ももたらしかねません。
③バーンアウトの危険性
ストレス要因が心身にもたらす影響から、管理職自身のバーンアウトも危惧されます。業務過多と業務の複雑化に人材不足が重なり、管理職自身が完全にプレイングマネージャー化している状況です。身体的にも精神的にも疲弊しきって、退職を決意するケースも十分考えられます。
管理職が実践していきたいストレス対策法
それでは実際、医療機関の管理職はどのようにストレス対策を行えばいいのでしょうか。以下の4点についてみていきたいと思います。
管理職のストレス対策法
①部下に頼る
②セルフケアを実践する
③健康相談支援を受ける
④他の管理職に相談する
①部下に頼る
自部署の職員への負担軽減を考えて、管理職自らが仕事を抱えるケースが多いと思います。しかし、それが原因で管理職が体調を崩し、自部署の職員への負担感が逆に増えてしまうケースも想定できます。
そうならないように、早いうちから部下に頼っていきましょう。それができれば悩みなんかないよ、と言われそうですが、結局は部下のためになることです。
主任や係長クラスへの権限移譲を徐々に進めることができれば、部下の経験値やスキルの向上が期待できますし、部下のレベルが上がればその分管理職自身の負荷が軽減され、心身の健康を保つことができます。
②セルフケアを実践する
自部署の職員に対するメンタルヘルスケアは、管理職の大事な仕事のひとつです。ただその前に、自分のセルフケアが十分にできていないと部下のケアはできません。
セルフケアとは、労働者自身がストレスのことを知り、予防や対処を行い、健康の保持増進に努めることを言います。
以下にセルフケアの具体例を挙げておきます。
セルフケアの具体的な方法
①リラクセーション
②ストレッチ
③適度な運動
④快適な睡眠
⑤親しい人たちと交流
⑥笑う
⑦仕事から離れた趣味を持つ
また、カウンセラーの岩崎久志氏は著書のなかで、ストレス対処(ストレス・コーピング)のポイントとして以下のことを挙げています。
ストレス・コーピングのポイント
「あまり大げさに考えないで色々試してみる」
「気分転換できる為のツールを身近に用意しておく」
「大事なのは質より量」
参考:岩崎久志著「ストレスとともに働く」・晃洋書房
③健康相談支援を受ける
最近眠りが浅い、疲れやすい、やる気が出ない、という気持ちが少しでも出たら、カウンセラーへの相談を考えてみるのもいいと思います。
いまの管理職は孤独な戦いを強いられていると思います。さらに医療の専門家は他人に自身の健康上の相談を持ち掛けづらいという意識も働くようです。
ただ、信頼できる誰かに心の内を話すことができれば、ずいぶんと楽になれるのではないでしょうか。思い切って産業医などの健康相談支援を受けてみるか、自院の福利厚生でEAPの制度があれば利用の検討をお薦めします。
④他の管理職に相談する
同じ職場の管理職も必ず同じ悩みを抱えています。他部署のマネジメント方法や管理職自身のセルフケアの方法まで、成功や失敗事例を含めて管理職同士で情報交換することで、業務上の気づきが得られたり、人に話すこと自体がストレス解消につながるかも知れません。
医療機関におけるストレスを軽減する職場環境作り
ここでは、医療機関が組織として取り組むべき対策を4点挙げたいと思います。
医療機関が取り組むべきストレス対策
①心身の健康を意識した経営
②管理職自身のメンタルヘルスケア研修実施
③健康支援体制の充実や外部EAPの導入
④コミュニケーションの促進
①心身の健康を意識した経営
患者の命や健康を守る前提として、医療機関で働く職員の心身の健康を守ることはとても重要な課題と言えます。前述したとおり、医療・福祉業は精神障害の労災請求件数が全業種のなかで最も高い業種となります。
ストレスを抱えやすい職場であることを、まず経営トップ層が認識することから始めなければいけないでしょう。管理職のように、職位が上がれば上がるほど、メンタル不調が組織に与える負の影響は大きくなります。
自院の経営方針に掲げるなどして、経営トップ層から心身の健康を維持・増進することが重要です。
②管理職自身のメンタルヘルスケア研修実施
メンタルヘルス研修は一般的に行われている研修のひとつですが、管理職自身のメンタルヘルスケアをテーマにした研修はあまり見かけません。
こうした管理職自身に向けた研修を、一般のメンタルヘルス研修に組み入れる必要があります。そのなかでは、同じ悩みを抱えた管理職同士でケースワークなどを行うことで、通常の研修では得られない気づきが得られる可能性があります。
③健康支援体制の充実や外部EAPの導入
院内に職員の健康支援体制が整備されていれば、それを充実させるとともに定期的なアナウンスで利用促進を図ります。
もし同様の機能が院内になければ、外部EAPの導入を検討します。外部EAPのメリットは、職場に自身の悩みを知られずにカウンセリングなどの利用ができることにあります。
いずれも、管理職を含めた職員全体の心の健康の維持・増進を図り、長期的なキャリア形成に寄与する取組となるでしょう。
④コミュニケーションの促進
後にも先にもコミュニケーションが大事になります。風通しの悪い職場は、職位を問わず職員の健康にも悪い影響を与えると言ってもいいでしょう。
医療機関主導のイベントや部署内での親睦を深める取り組みでもいいと思います。職員同士の交流を促すことで、信頼関係が構築されていきます。
そうすれば、組織全体で権限移譲や業務移管なども進めやすくなり、全体のレベルアップとともに管理職の業務負担も軽減されます。
まとめ
今回は、医療機関における管理職自身のメンタルヘルスケアについて考えてきました。
多くの医療機関の使命は地域医療を守ることにあります。その医療機関で働く職員が心身ともに健康でなければ、地域の患者の命や健康を守ることは難しいでしょう。
そのためには、まず医療機関のトップ層や管理職層が、自身の健康に気を配って活き活きと業務に励み、穏やかに職員と接することが重要です。それができれば、組織全体が安心して患者への医療サービスを提供することができると思います。
今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。