いま、6割以上の看護師が、今の仕事に強い不満や悩み、ストレスを抱えていると言われています。
医療機関にとって医療従事者の心の健康づくりは、経営上の重要な課題となっています。
その中で、「EAP」というサービスの利用が徐々に浸透してきています。EAPは、従業員が自分の悩みを職場の人に知られずに専門家に相談できる仕組みをもっているため、導入する企業が増えてきているようです。
今回は、EAPの概要やサービス内容、導入のメリットやその手順について解説したいと思います。
EAPとは?その基本概念と機能
そもそもEAPとはどのようなものを言うのでしょうか。ここでは、EAPの基礎知識を確認したいと思います。
EAPとは、従業員支援プログラムのこと
EAP(Employee Assistance Program)とは、メンタルヘルス不調の従業員を支援するプログラムのことを言います。
そもそもEAPは、1960年代のアメリカでアルコールや薬物依存が深刻化した際に、業務に支障をきたす従業員の対応をするためのシステムとして発展したと言われています。
内部EAPと外部EAP
EAPには、「内部EAP」と「外部EAP」があります。それぞれ説明していきたいと思います。
内部EAPとは
内部EAPは、事業所内に健康管理室を設置し、産業保健スタッフを配置して従業員の相談に応じることや、メンタルヘルス対策の推進を行います。
内部に設置するメリットとして、
- 相談員が事業所内部の事情を理解していること
- スムーズな対応が期待できること
などが挙げられます。
外部EAPとは
外部EAPは、EAPサービス機関との外部委託によって、事業所内の従業員へのメンタルヘルスケアを行います。
外部に委託するメリットとして、
- 事業所内に知られずに相談できること
- 相対的に低コストで相談対応の仕組みがつくれること
などが挙げられます。詳細は後述します。
外部EAPは4つのケアの中の「事業場外資源によるケア」
厚生労働省が「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で示す4つのケアのひとつに「事業場外資源によるケア」というものがあります。外部EAPはここに含まれます。
厚生労働省が示す4つのケアとは、以下の内容になります。
①セルフケア | 労働者が、自身のストレスのことを知り、予防や対処を行い、健康の保持増進に努めること |
②ラインによるケア | 職場の管理職が、職場環境の改善や従業員のメンタル不全の気づき相談を行い、産業医との連携を図ること |
③事業場内産業保健スタッフ等によるケア | 職場の産業医などの健康管理室が、随時の相談や職場復帰の判定を行うこと |
④事業場外資源によるケア | 職場外の専門機関から、メンタルヘルスの支援を受けること |
医療機関におけるEAPの役割と意義
医療従事者は相対的にストレスを抱えやすい職種と言えます。特に看護師は、一人にかかる仕事量が多いことに加え、自身で仕事のコントロールがしづらい業務の特性上、精神的なストレスがかかりやすい職種と言われています。
そのため、医療機関にとって医療従事者に対するストレスマネジメントを強化することは、重要な経営課題となります。
中小規模の医療機関にとっては、自院で健康管理室を設置して産業保健スタッフを常駐させることは、経営的にも難しいことが多いと思います。
比較的経営資源の乏しい医療機関は、EAP提供機関を外部資源として活用することで、そこまでコストをかけずに自院の福利厚生の充実を図ることができます。
以下の記事では、医療機関におけるストレスマネジメントの重要性について解説していますので、是非ご参考ください。

外部EAP導入のメリット

ここでは外部EAPを導入する場合のメリットについて考えていきたいと思います。
- 職場に悩みを知られずに相談できる
- 外部資源の活用で福利厚生を充実できる
- 職員の健康増進により生産性が向上する
- 離職率低下と採用コスト削減が図れる
- コンプライアンス向上で法的リスクを回避できる
メリット➊:職場に悩みを知られずに相談できる
医療従事者は、自分の健康のことは人に相談しづらい傾向があると言われています。
外部EAPを導入することで、職員が自分の悩みを職場の人に知られることなく安心して外部の専門家に相談できる仕組みが作れるため、職場全体のメンタルヘルス向上につながります。
24時間365日対応しているサービス事業者も多いため、職員が困ったときにすぐ相談に応じてもらえるメリットもあります。
メリット➋:外部資源の活用で福利厚生を充実できる
経営資源が潤沢になく、自院で産業保健スタッフの配置が難しい中小規模の医療機関にとっては、外部の資源を活用して自院の福利厚生の充実を図ることができます。
そして、職員に向けた健康推進の取組や制度の充実を自院の強みとして、他院との差別化を図り、人材確保の強化が図れるというメリットにもつながります。
職員の視点で言うと、外部EAPを職場の福利厚生として利用できるため、自己負担を気にせずサービスを受けることができます。経済面においても利用のハードルが下がることで、早期の健康問題解決が期待できます。
メリット➌:職員の健康増進により生産性が向上する
外部EAP導入によるメンタルヘルスケアの環境整備によって、職員の健康が維持・増進されれば、職員個々の士気やパフォーマンスの向上につながります。
職員個々のパフォーマンスが向上すれば、職場の生産性が上がり、医療機関全体の組織力強化が期待できます。
職場のメンタルヘルスケアの仕組みとして紹介した「4つのケア」のうち、「②ラインによるケア」の導入施策について、以下の記事で解説していますので、併せてご参考ください。

メリット❹:離職率低下と採用コスト削減が図れる
医療機関においても、メンタル不全による長期休職や離職が年々増えている状況です。
その中で、組織の取組をとおして職員の健康維持・増進を図ることができれば、休職者の減少や離職率低下につながり、安定した組織運営を行うことができます。
また、これまで発生していた欠員に伴う採用コスト削減もできます。
医療従事者の精神障害増加の状況について、以下の記事で詳しく取り上げていますのでご参考ください。

メリット❺:コンプライアンス向上で法的リスクを回避できる
外部EAPのサービスのひとつとして、ハラスメント対策のサービスを提供している事業者もあります。
人間関係の複雑化により総務部門の負荷が高まっているなか、外部EAPを活用することで職場のコンプライアンス向上が図れ、法的リスクを回避することが期待できます。
下記の記事では、医療機関における安全配慮義務の重要性と法的リスク回避の方策について解説しています。併せてご参考ください。

外部EAP導入のデメリット
外部EAPの導入にはメリットがある反面、いくつかのデメリットがあると考えられます。
- コストが増加する
- 職員の利用率が上がらない
- 健康情報の漏洩リスクがある
- 外部依存のため職員サービスが不足する
- 既存の院内制度と重複する
デメリット➊:コストが増加する
外部EAPを導入する場合、事業者との契約費用や運用コストがかかります。
中小規模の医療機関にとっては、既存の経費にそのままコストとして重なるため、経営上の負担が大きくなる可能性があります。
職員の利用率が低い場合、費用対効果が得られにくい点も留意点と言えます。
デメリット➋:職員の利用率が上がらない
外部EAPを導入しても、職員がその存在を知り価値を理解しなければ利用につながらず、導入効果が発揮されません。
導入内容の周知や積極的な利用を促すために、継続的なアナウンスや施策が必要となります。そのため、担当委員会や総務部門における追加的な労力や時間、コストがかかることも考えられます。
デメリット➌:健康情報の漏洩リスクがある
外部EAPの導入には、職員の健康情報や相談内容の漏洩リスクがつきまといます。
個人情報の取扱いを誤ると、職員の不信感を招き、EAPの利用を敬遠され、そもそもの導入目的を達成することができません。
また、個人情報の漏洩は、膨大な要配慮個人情報を扱う医療機関にとって社会的な信用を失うきっかけにもなります。そのため、外部EAPを導入する際は、より慎重に、より適切な情報管理が求められます。
デメリット❹:外部依存のため職員サービスが不足する
EAPを外部に委託する場合、事業者が提供するサービスの質や対応スピードが自院の期待と合わないことが考えられます。
自院に適したカスタマイズが難しいため、導入目的を完全に満たすだけのサービスが受けられない可能性があります。
デメリット❺:既存の院内制度と重複する
院内に既存のメンタルヘルス対策や職員向けの部署や制度がある場合、外部EAPと機能が重複するため、効果的な運用が難しくなることが考えられます。
その場合、外部EAPを導入する前に、院内での適切な運用ルールの見直しや利用の切り分けが必要になります。
EAPのサポート内容とは
ここで、EAPのサポート内容にはどのようなものがあるのか、確認していきたいと思います。
EAPの主なサポート内容
EAPのサポート内容は、サービス提供機関ごとに異なりますが、一般的には以下のようなサービスが提供されています。
導入時には、自院の目的とコストとの見合いで契約内容を検討する必要があります。
- カウンセリング(対面、オンライン、電話等)
- ストレスチェック
- 各種研修実施(メンタルヘルス、マネジメント等)
- ハラスメント対策
- 産業医連携
- 各種支援サービス(定着、職場復帰支援等)
EAP提供機関のサービス比較
次に、EAP提供機関のサービス内容を具体的に比較したいと思います。
人材開発・育成、組織開発に関する情報サイト「日本の人事部」から一部抜粋し、以下の表に並べました。
㈱パソナセーフティネット | ㈱エムステージ | ダイヤル・サービス㈱ | |
内容 | 「なんでも相談窓口」 ➊24時間相談可能 ➋相談方法は電話、メール、面談 ➌面談カウンセリングは全国対応可能 ❹相談内容はメンタルヘルス・健康、職場、家庭、プライベートなどに加え、人事労務部門からメンタルヘルス不調者に関する相談も可能 ❺海外駐在員、帯同家族や日本に住む外国籍社員の相談も可能 | ➊電話健康相談(ファミリー健康相談) ➋メンタルヘルスカウンセリング ➌ハラスメント外部相談窓口 ❹ベストドクターズ・サービス | トータルEAPサービス「こころと暮らしのほっとライン」 ➊電話カウンセリング ➋メールカウンセリング ➌対面カウンセリング ❹ストレスチェック ❺メンターサービス ❻訪問カウンセリング ❼社労士・弁護士相談 ➑産業医紹介 |
企業規模 | 全て対象 | 全て対象 | 全て対象 |
費用 | 800円~/人(年)(規模により異なる) | ➊年55万円~➋年30万円~➌年26万4千円~❹年30万円~※全て税別 | スタンダードプランは月額3万円から導入可 |
※人材開発・育成、組織開発のナレッジコミュニティ「日本の人事部」
メンタルヘルス対策・EAPのサービス一覧より抜粋
外部EAPの導入プロセス
ここでは、医療機関が外部EAPを導入する際の手順について解説したいと思います。
- 外部EAP導入議論や目的の明確化
- サービスの範囲や運用方法決定
- 管理職への啓発
- 職員への周知
- 利用状況の確認と効果測定
- 継続的アナウンスによる利用率向上の努力
管理者会議等でEAP導入の是非を議論のうえ導入を決定します。その際には導入目的を明確にしたうえで、関係委員会(安全衛生委員会等)へ運用方法の策定等を委任します。
院内の安全衛生委員会等にて、委託サービスの範囲や運用方法を議論のうえ決定します。
院内の幹部会議にて、管理職に対しEAPの内容や活用方法に関する啓発を行います。
院内報や定例会議をとおして、職員へ外部EAP導入の周知を行います。
利用状況を随時確認し、定期的に導入前後での数値を比較することにより効果測定を行います。(サービス利用率、メンタル不調による休職者数や休職率等を測定)
利用率向上を図るため、継続的に職員に利用のアナウンスを行います。院内メールや供覧、休憩室への掲示など複数の手段で行うことが理想です。
EAPを導入する際の注意点

最後に、外部EAPを導入する際の注意点について確認していきたいと思います。
注意点➊:自院に適したEAP提供機関の選定
信頼できるEAP提供機関を選ぶために、以下の項目を検討することが考えられます。
院内で十分議論のうえ、自院の導入目的に適したEAP提供機関を選定することが重要です。
外部EAP選定のチェック項目
- サービスの質
- 専門性の高さ
- 経験値
- 迅速性
- 柔軟性
- コストパフォーマンス
注意点➋:利用促進の努力
コストをかけて導入しても、宝の持ち腐れになっては意味がありません。
利用率の随時確認や定期的な効果測定をとおして、職員に対する利用促進の努力を続けることが大事です。
そのためには、制度の導入目的を必ず明確にして、導入後も管理者層がその目的に立ち返り、目的達成に向けた施策を講じ続けることが重要です。
制度の導入目的(例)
- 職員の健康維持・増進
- 働きやすい職場づくり
- 離職率低下を目指す
参考:Q6:EAPプログラムの費用対効果について:専門家が事例と共に回答~職場のメンタルヘルス対策Q&A~|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト (mhlw.go.jp)
まとめ
今回は、EAPの概要やサービス内容、導入のメリットやその手順についてみてきました。
医療現場は、長時間労働や交代制勤務、関係スタッフや患者との人間関係、職業上の責任感やプレッシャーによって、非常にストレスを抱えやすい職場だと言えます。
そのため、組織的かつ計画的にメンタルヘルスケアを推進していくことは、いま医療機関に強く求められている経営課題だと考えます。
EAPの活用は、職員の心の健康の維持・増進を図り、喫緊の課題とも言える離職率の低下や人材確保を実現するきっかけになるのかも知れません。
今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

