2024年度は、4月に医師の働き方改革で幕を開け、6月に診療報酬改定がありました。特に病院の事務職にとっては、大変な日々を過ごされたと思います。
そのような中、地域医療構想や働き方改革など課題が山積している状況で、自身のキャリア形成に不安を抱いている病院事務職の方も多いのではないでしょうか。
今回は、病院で働く事務職員のキャリア形成の考え方とその方法について考えていきたいと思います。
病院事務職のキャリアにおける5つの特徴

病院の構造としては、一般的に、まず診療の中心となる医師がいて、医師の診療を補助する看護師やコメディカル職種が医師の下に連なります。
そしてその下に、病院全体を下支えする事務職がいます。このように、病院は複数の職種から構成される多職種構造の組織となります。
病院運営上、事務職の特徴として挙げられるのは、以下の5点になります。
これらの特徴を踏まえて、自身のキャリア形成を考えていく必要があると考えます。
特徴1:配属部署により知識の引き出しが変わる
汎用的な知識が必要な部署と、専門的な知識が必要な部署で、配属により極端に知識の引き出し方が変わるのが特徴です。
病院事務職は、主に総務、経理、医事部門を担当しますが、
- 総務・経理部門は病院管理の汎用的な知識
- 医事部門は診療上の専門知識
を必要とします。
そして前者と後者では、人事異動上のハードルができます。
特徴2:病院全体の調整役としての期待が高い
病院運営全般において特に事務職に期待されるのは、病院全体の裏方として部門間や職種間の調整を行うことにあります。
物事を一つ決めるにも職種ごとに見方が大きく変わります。その調整を行うのが大変なのです。
特徴3:キャリアパス未整備により人事異動が停滞する傾向がある
病院ごとにキャリアパスが体系化されていないことが多く、人事異動が少ないことが挙げられます。
そのため、様々な業務経験から得られるはずの視野が広がりづらい傾向にあります。
特徴4:業務標準化が進んでいない傾向がある
業務マニュアルが作られていないことも多く、業務標準化が進んでいない傾向があります。
人事異動が停滞していることも多いため、作業が属人化している病院も多いと思います。
特徴5:相対的に給与が低め
医師や看護師など、国家資格を持つスタッフが組織の大部分で、専門職種の給与単価が高い分、専門資格が不要な事務職は、相対的に給与が低めの設定になっていることが多いと思われます。
ちなみに、ある転職サイトが行った病院事務職の転職理由のアンケートで1位になったのが「年収」でした。病院事務職の転職事情については、以下の記事で取り上げていますので併せてお読みください。
病院事務職に求められる3つの能力とは

それでは、病院事務職に求められる能力や資質にはどのようのものが挙げられるのでしょうか。
ここでは、病院事務職員に求められる能力として以下の3点を挙げたいと思います。
- コミュニケーション能力
- 対人や部門間の調整能力
- マネジメント能力
これらが備わっているかどうかでも、自身の適性の判断ができるかも知れません。
それぞれ詳しく解説していきます。
能力1:コミュニケーション能力
コミュニケーション能力は、現代のビジネスパーソンにとって最も重要なスキルとされています。特に医療従事者の皆さんにとってコミュニケーション能力が重要であることは、痛いほど感じているのではないでしょうか。
これは事務職においても当然、①患者やその家族に対するコミュニケーションと、②職員に対するコミュニケーションにおいて非常に重要なスキルとなります。
①患者やその家族に対するコミュニケーション
患者やその家族に対するコミュニケーション能力は、医療事務スタッフを擁する医事課職員にとって特に必要な能力となります。
初診患者であれば、病院で最初に顔を合わせるのは医事課受付スタッフとなりますので、その時点では言わば病院の顔としての役割を求められます。
そこでいかに思いやりをもって患者に接することができるかどうかが、病院に対する好意的な評価につながるかどうかの分かれ目になるのです。
コミュニケーション能力の重要性については、以下の記事で解説しています。併せてご参考ください。
②職員に対するコミュニケーション
病院は、複数の職種から構成される多職種構造の組織であることは前述したとおりです。事務職を含んだ多職種連携により患者に最善の医療提供を行う必要があります。
そのなかで事務職に求められるのは職種間・部門間の調整役ですが、その調整の際に必須となるスキルがコミュニケーション能力になります。
事務職に限らず、職員間のコミュニケーションで難しく感じるのは医師に対するものではないでしょうか。医師は朝から夜まで外来、検査、処置や病棟対応などで手が空く時間があまりありません。
そのため、医師に対して報・連・相をする場合、いかに簡潔に行うか、ということが重要になると考えます。
そこで心掛けたいのは、PREP法によるコミュニケーションです。
PREP法とは、以下の流れで話を伝える方法です。
PREP法には、話に説得力をもたせて、短時間で意見を伝えることができるメリットがあります。
能力2:対人や部門間の調整能力
前述したとおり、病院全体から特に期待される事務職の役割は、職種間・部門間の調整役です。
多職種構造であるがゆえに生じる職種間や部門間の軋轢や、職員間でのコミュニケーションエラーが発生しやすい職場と言えます。これらを調整する能力が病院事務職にとって必要不可欠なスキルと言えます。
医師は大学医局や医師会、看護師は看護協会、薬剤師は薬剤師会など、それぞれが職種ごとに職能団体に所属しています。それと同時に、同じ病院職員として事業の目的を果たすために各職種が協力していく必要があります。
多職種による会議や打合せでは、職種によって考え方や物を見る角度が異なりますので、事務職がファシリテーターとして中立的な立場をとりながら、うまく結論まで導くことが重要です。
円滑に会議を進める方法として、5W1Hの活用をお薦めします。
会議の事前準備から決定に至るまで、以下の表を会議関係者に共有することで、論点を絞った建設的な会議の進行が期待できます。
Why(なぜ) | 会議の目的や背景 |
What(何を) | 決定事項は何か |
When(いつ) | いつ会議をするのか、いつまでに決定すべきか |
Where(どこで) | どこで会議を行うのか |
Who(誰が) | 誰がどのような役割をするか |
How(どのように) | どのように会議を進めるか |
能力3:マネジメント能力
マネジメント能力も病院事務職には必須のスキルと言えます。そもそもマネジメント能力とは、物事を管理する能力のことを言いますが、病院では貴重な経営資源である「ヒト、モノ、カネ、情報」を管理する能力を指します。
つまり、「ヒト」は総務部門、「モノ」や「カネ」は経理部門、「情報」は総務・経理・医事全ての部門が管理する責任があります。
事務職には、これらの経営資源を管理し、病院経営や医療事業を維持・向上させる能力が求められます。
経営資源 | 具体例 | 管轄部門 |
ヒト | 医師、看護師等の医療スタッフ | 総務部門 |
モノ | 医療機器、診療材料、備品等 | 経理部門 |
カネ | 現金・預金などの運転資金等 | 経理部門 |
情報 | 医療情報、人事・経理関係情報 | 医事・総務・経理等全て |
キャリア再考は業務棚卸と自己分析から

院内での調整業務などに労力を奪われ、本来業務がままならず、自分の仕事に自身が持てない場合があると思います。
また、同年代の他業種の人と比べて感じる年収の低さや、体系的なキャリアバスがないことも不安で、転職を意識する人もいるかも知れません。
そうした時に必ず行いたいのは、これまでの自身の経験に関する棚卸と自己分析です。
自己分析は、「キャリアアンカー」という考え方に基づいて行うことをお勧めします。
後述しますが、「キャリアアンカー」とは、自身が働くうえで、どうしてもゆずれないものや価値観の判断基準になるものです。
自身が仕事に何を求めていくかの指標になります。
ジェネラリストとスペシャリスト、2つの道

病院事務職には、簡単に分けると以下の2つの道があると思います。
- 総務や経理のジェネラリストとして経験を積み、行く行くは組織全体のマネジメントを志向する道
- 医事のスペシャリストとして経験を積み、医療現場に近いところで診療報酬を極める道
➊のように経営管理能力を志向するのか、➋のように専門的能力を志向するのか。
自身が➊➋どちらの道を選択するのかにより、今後のキャリアのイメージが描けると思います。
病院事務職のキャリア形成で実践したい5つのステップ

具体的に、病院事務職のキャリア形成では、以下の5ステップを行うことをお勧めします。
- 必要な知識や考え方を習得する(キャリアアンカー・キャリアデザイン・キャリアドリフト)
- これまでの経験や業務の棚卸をする
- キャリアアンカーで自己分析する
- 自身のキャリアデザインをイメージし、設計して実行に移す
- キャリアデザインと異なる業務にも意義を見いだし、将来の資源にする
それぞれ詳しく見ていきましょう。
STEP1:必要な知識や考え方を習得する
まず、自身のキャリアを考える際に、持っておきたい知識を習得することから始めます。
その知識が、キャリアアンカー・キャリアデザイン・キャリアドリフトの3つです。
これらの考え方と関係性については、以下のとおりになります。
- キャリアデザインとは…
自分の将来をイメージしたうえで、働き方や生き方を主体的に設計して、それを実現していくこと。 - キャリアドリフトとは…
キャリアの大きな方向性だけを決め、流れに身を任せるなかで、結果としてできあがっていくこと。 - キャリアアンカーとは…
自分のキャリアを形成するうえでの、指針や目標、価値観のこと。仕事をしていくうえで、ゆずれないもの。
⇒キャリアデザインとキャリアドリフトの、両方を兼ね備えていくことが重要。
その前提として、キャリアアンカーで自己分析が大事。
キャリアアンカー・キャリアデザイン・キャリアドリフトの関係性については、以下の記事で詳しく紹介していますので、併せてお読みください。
STEP2:これまでの経験や業務の棚卸をする
次に、これまでの経験や業務の棚卸を行います。頭でイメージするだけではなく、実際に以下のことを書き出してみることをお勧めします。
- 従事していた期間
- 所属・部署
- 担当業務
- 担当業務における実績
- 担当して得られた知識・スキル
STEP3:キャリアアンカーで自己分析する
キャリアアンカーには、①~⑧のタイプがあります。用意された40項目の質問票に回答して、自身のタイプを診断します。
①技術的・専門的能力志向 | ある特定の仕事のエキスパートであるときに満足感を覚えるタイプ |
②経営管理能力志向 | 組織内の統率や権限の行使に幸せを感じるタイプ |
③自主性・独立性志向 | 自分のペースと裁量で仕事を自由に進めたいタイプ |
④保障・安全性志向 | 安全で安定したキャリア構築を目指すタイプ |
⑤起業家的創造性志向 | リスクを恐れず、自分の努力による達成を目指すタイプ |
⑥他者・社会への貢献志向 | 自分にとっての中心的価値のためなら他のすべてを捨てることができるタイプ |
⑦チャレンジ志向 | 人との競争、目新しさ、変化、困難さを好むタイプ |
⑧ライフスタイル志向 | 仕事と家庭のバランスを優先するタイプ |
STEP4:自身のキャリアデザインをイメージし、設計して実行に移す
キャリアアンカーで自分のタイプを見極めたら、今後のライフイベントも考慮に入れて、キャリアデザインを作り、行動に移します。
STEP5:キャリアデザインと異なる業務にも意義を見いだし、将来の資源にする
キャリアデザインを実行していくなかでも、想定外の仕事が必ず出てきます。それらの仕事で得られる経験等も、将来の資源として積極的に取り込んでいきます。(キャリアドリフト)
STEP1~5を繰り返し、知識やスキルを蓄積しながら多様な業務を経験することで、柔軟性や視野の広さを養うことができます。
そして、自身のキャリアを固めていくことができるのです。
キャリアドリフトの重要性については、以下の記事でも取り上げていますので、併せてお読みください。
まとめ

今回は、病院で働く事務職員のキャリア形成の考え方とその方法について考えてきました。
最後に、今回の記事のポイントをまとめたいと思います。
- 事務職の5つの特徴を踏まえて、キャリア形成を考える
- 事務職に期待されるのは、組織の調整役
- 事務職の適正の有無は、コミュニケーション能力、調整能力、マネジメント能力の有無でもわかる
- 経験してきた業務の棚卸や自己分析を行うことは、キャリア形成を考える際の前提
- キャリア形成で実践したい5つのステップを繰り返して、自分のキャリアを固めていく
近年の医療政策は、変化のスピードが速く、内容が複雑になってきています。
そのなかで、組織の調整を行う事務職にとって、さらに必要なのは、変化への対応力や柔軟性になります。
これまで以上にアンテナを高く張って、自分の業務の知識を深めると同時に、専門以外の知識も習得して、柔軟性や視野の広さを養っていく必要がありそうです。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。