2024年6月、岡山県精神科医療センターが サイバー攻撃を受け、約4万人の情報が流出したとの報道がありました。
近年、医療機関に対するサイバー攻撃が後を絶ちません。医療機関の情報セキュリティ対策は、喫緊の課題のひとつと言えます。
そのなかで、医療機関において重要となってくるのは、院内システム全般を保守管理する院内SEの存在です。
しかし、現実は、この院内SEの人材が不足していると言わざるを得ません。
今回は、院内SEの役割や具体的な業務内容、院内SEになるメリットやデメリットについてみていきたいと思います。
院内SEが求められる背景と将来性
情報セキュリティ対策と並んで、医療業界の課題として挙げられるものに、医療DXの推進があります。
DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略と言われています。これは簡単に言うと、デジタル化により人々の暮らしをより良い方向へ導くことと解されます。
岸田政権になってからよく聞かれる「リスキリング」という言葉も、元々はこのDXを推進するのに、IT人材が不足していることから叫ばれるようになったと言われています。
医療業界においては、医療DXの推進のためにもIT人材の排出は喫緊の課題です。院内SEは、時代が求める将来性に富んだ職種であると言えます。
なお、リスキリングにつきましては、別の記事で詳しく解説していますので、よろしければこちらもお読みください。
院内SEの仕事内容とは?
それでは、実際、院内SEは病院内においてどのような仕事を行っているのでしょうか。ここでは、主な仕事内容を3点に絞って紹介したいと思います。
①院内システムの保守、管理
病院には様々なシステムがあります。まず中心となる電子カルテシステムがあり、それに部門システムが連なります。
部門システムは、薬剤、検査、放射線や医事会計システムなど、各診療補助部門のシステムが連携されます。
電子カルテシステムや部門システム、その他院内のシステムを一手に保守管理するのが、院内SEのメインの業務と言えます。
②ヘルプデスク(問い合わせ窓口)
院内にある様々なシステムを、医師や看護師などの医療従事者が日々の診療業務で使用します。
診療中のシステムエラーやプリンタの不具合まで、障害が生じた場合の問い合わせ窓口として対応する業務があります。
患者への診療に関わる対応のため、スピードと正確さが求められます。
③新規システム導入立ち上げ
院内の各種システムは、数年に一度、更新の時期を迎えます。
その際、更新システムのベンダーと、仕様や導入スケジュールなどの打合せを行います。
現場スタッフとは、導入スケジュールに沿って打合せの場を設定することや稼働前のシミュレーション実施など、ベンダーや現場スタッフとの摺合わせの中心役となり、導入準備、稼働、事後フォローまで求められます。
院内SEの年収は?
仕事内容を理解したところで、気になるのは院内SEの給料ではないでしょうか。
令和5年賃金構造基本統計調査を基にSE全体の平均年収を算出した結果、以下のとおりとなりました。
上記のとおり全職種(全産業)で年収約507万円であるのに対し、SE全体で約558万円となりますので、SEという職種自体が比較的高めの給料設定になっていると言えそうです。
しかし、院内SEとなるとシステム開発業務が少なくなることからも給与はそこまで期待できず、一般的には400万円~500万円と言われています。
病院で直接雇用される場合は、SEという専門職種ではなく事務職として採用されるケースも想定されます。そうなると病院の規模や経営母体によっても異なりますが、給与が低めに設定される可能性も否定できないでしょう。
なお病院事務職に関しては、別の記事でも詳しく解説していますので、よろしければこちらもお読みください。
参考:賃金構造基本統計調査 令和5年賃金構造基本統計調査 一般労働者 職種 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口 (e-stat.go.jp)
院内SEが持っておきたい資格とは?
ところで、院内SEとして働く際、資格は必要なのでしょうか。
結論としては、必ずしも特別の資格が必要というわけではありません。
ただ、専門知識が問われる職種であるため、資格はあるに越したことはありません。
以下の3種類の資格があれば、即戦力として院内SEとしての活躍が期待されるでしょう。
- 医療情報技師
- 基本情報技術者
- 診療情報管理士
➊医療情報技師
院内SEに適した資格のひとつとして、「医療情報技師」という資格があります。
医療情報技師とは、民間資格で、年に1回検定試験が行われ、以下の3科目を合格することで取得することができます。
●医学・医療系
●情報処理技術系
●医療情報システム系
病院でのシステム管理上、必要かつ広範な知識が身につくため、医療現場で活用することが期待できそうです。
医療情報技師には、ポイント制での5年更新という制度があるため、資格を維持するのに継続して知識を養う必要があります。
ちなみに、2023年の医療情報技師認定試験では、1,153人が合格し、そのうちの約3分の1にあたる397人が、病院などの保健医療福祉施設に勤務しているとされています。
一般社団法人日本医療情報学会 医療情報技師育成部会 ホームページより
➋基本情報技術者
基本情報技術者とは、経済産業省が主管する国家資格で、ITエンジニアの登竜門とされている基本情報技術者試験に合格することで与えられる資格となります。
基本情報技術者には、SEとして必要となる基本知識やスキルをもち、それを実務で活用できる人材が想定されています。経済産業大臣が行う情報処理技術者試験制度で設定されたレベル1~4のうち、レベル2に相当するスキルを有するとされます。
試験はCBT方式によって全国各地の試験会場で通年実施されます。CBT方式とはコンピューターを使用した試験方式です。
2024年8月の試験では受験者数9,950人のうち4,379人が合格し、合格率は44.0%でした。
なお、試験内容は主に以下のとおりとなります。
【科目A】
●テクノロジ系(基礎理論他)
●マネジメント系(プロジェクトマネジメント他)
●ストラテジ系(システム戦略他)
【科目B】
●情報セキュリティ関連
●データ構造及びアルゴリズム
➌診療情報管理士
診療情報管理士とは、病院で患者のカルテなどの診療情報を管理し、診療情報を分析・活用して、病院の統計資料等を作成する専門職です。
患者の大切な個人情報を守り、診療情報を病院の経営や治療に役立てるための重要な職種と言えます。
院内SEが併せて診療情報管理士の資格を持つことで、SE知識と診療に関する知識の相乗効果により、システム保守管理に留まらず、診療単価向上への貢献など病院経営上の大きな戦力となり得ます。
診療情報管理士になるには、以下の条件が必要です。
①通信教育修了または指定学校での単位習得
②診療情報管理士認定試験合格
②の診療情報管理士認定試験は毎年1回、2月に全国15都道府県の各会場で実施されます。2024年は受験者数2,310人のうち1,682人が合格し、合格率は72.1%でした。
診療情報管理士については、別の記事で詳しく取り上げていますので、よろしければこちらもお読みください。
院内SEになる3つのメリットと3つのデメリットとは?
ここでは、元医療従事者として感じた、院内SEになるメリットやデメリットについて紹介したいと思います。
院内SEの3つのメリット
①ITスキルを活かして医療に貢献できる
現在の医療サービスの提供は、安定したシステムのうえに成り立っていると言えます。
院内SEがシステムの安定稼働に寄与することで、医師や医療者が安心して患者へ医療サービスを提供することができます。
②責任ある仕事をとおして成長できる
病院システムの不具合は、患者の診療や情報セキュリティに影響を及ぼします。
人の命を扱う医療現場でのシステム管理には、相当の責任を伴います。その業務経験が自身に成長をもたらし、自己効力感につながります。
③スキルや経験を長く活かせる
病院内で活かせるITスキルは、医療業界において今後さらに重要視されると思われます。
医療機関で蓄積したスキルや経験を基に、自身のライフステージに合わせて、長く活用して働くことができます。
院内SEの3つのデメリット
①システム開発能力を発揮しづらい
院内システムの保守対応がメイン業務となりますので、新たにシステム開発する機会に恵まれません。
そのため、システム開発に関する能力が維持しづらく、医療特化型の職種であることからも汎用的な最新のITスキルから取り残される可能性も否定できません。
②少人数での対応
筆者が勤務していた中規模病院でも、院内SEは2名程度の配置に留めていましたので、平時から比較的忙しく働いています。
さらに、体調不良や夏季休暇などで1人が休みになると残りのスタッフで院内全体の対応をする必要がありますので、そうなるとほぼ1日中、電子カルテの操作支援からプリンタの詰まりの対応まで、ほぼ1名で院内を飛び回ることになります。
③医療現場ならではの高ストレス
人の命を扱う医療現場でのシステム管理は、担当者としての責任感を養え成長できるメリットがある分、システム障害などでひとつ間違えると患者の命に直結してしまう可能性があります。
1日24時間、365日稼働している病院という職場の特性上、精神的な負荷に耐える必要があります。
院内SEに向いている5つのタイプとは?
ここでは、元医療従事者として感じた、院内SEに向いている人の特性や、ITの基本スキル以外に必要となる能力について紹介したいと思います。
院内SEに向いている5つのタイプ
①貢献意欲が高い人
職場がより公共性が高い病院という医療現場になります。
患者のため、病院のためという、一医療従事者としての貢献意欲が高い人に向いています。
②柔軟でフットワークが軽い人
ヘルプデスク業務では、システム上の大きなトラブルから、プリンタの紙詰まり、時にはエクセルの操作方法を教えてほしいなど、雑用に近いあらゆる相談がきます。
自分が忙しい時でも、相手の緊急度に応じて現場に向かえるフットワークが必要です。
また、現場対応時には、相手の立場やIT知識に応じた説明や対応ができる柔軟性が必要です。
③コミュニケ―ション能力が高い人
システムの運用上、院内関係者やベンダーと運用の摺合わせの機会は随時発生します。
医師や看護師などの専門職とのやり取りが、円滑に行えるコミュニケーション能力が高い人に向いています。
スタッフによって、IT知識の有無も様々です。ヘルスデスク業務でも、相手の依頼内容を的確に聞いて、相手の立場に合わせた説明や対応が求められます。
④論理的に提案できる人
システムごとに、現場に適した運用方法を模索して、最善の運用方法を関係スタッフに提案する必要があります。
病院で働く医療者は、論理的な説明を求める傾向にあります。患者への時間も優先されるため、論理的にわかりやすく説明、提案できる人に向いています。
⑤自ら学べる成長意欲が高い人
IT技術も医療技術も、進歩の速度はすさまじいものがあります。医療情報システムに関わる広範な知識を継続して吸収し、スキルアップを図る必要があります。
自ら学習し続けることができる、成長意欲が高い人に向いています。
元医療従事者として感じる、院内SEで最も必要な能力とは?
私は、医療業界に長く勤めてきましたが、院内SEやシステム担当者に最も必要なのは、コミュニケーション能力になると思います。それに加えて、柔軟性やフットワークが重要になります。
医療現場には様々な職種のスタッフが、いくつもの部門に分かれて働いています。それらの多様な職種や部門にほぼ全て関わるのが、院内システムになります。
その院内システムを保守管理する院内SEやシステム担当者に、コミュニケーション能力が必要なのは言うまでもありません。
病院で働く以上は、システムを新たに開発する能力以上に、医療現場からの日々の依頼や問い合わせに対して、柔軟かつ機敏な対応を積み重ね、職種間や部門間の調整を図りながら、スタッフと良好な関係性を築いていくことが重要となります。
まとめ
医療業界では、情報セキュリティ対策や医療DXの推進などが、喫緊の課題として挙げられています。
ただ、実際の医療現場は、それに十分対応できる時間的な余裕も、人的資源も持ち合わせていないのが現状です。
そうした状況において、院内SEは今後も病院から、また社会からも求められ続ける、重要な職種と言えます。
今回の記事が、少しでも院内SEの仕事への関心につながれば幸いです。