医療従事者に求められるコミュニケーション能力と傾聴スキルの重要性

横一列で手をつなぐ7人の人と「Communication」の文字のイラスト

最近になって、しばしば「コミュ力」や「コミュ障」という言葉を耳にするようになりました。

説明するまでもないと思いますが、「コミュ力」はコミュニケーション能力、「コミュ障」はコミュニケーション障害の略になります。

今では、企業が人材を採用する際に重視するポイントの上位に、このコミュニケーション能力が入ると言われています。

多職種のスタッフと協働し、多くの患者と診療で関わる医療従事者にとって、コミュニケーション能力は必須の能力と言ってもいいでしょう。

今回は、医療現場で必要とされるコミュニケーション能力と、そのなかでも特に重要となる傾聴スキル向上の取組について考えていきたいと思います。

目次

コミュニケーション能力とは?4つの要素を理解する

始めに、仕事や人間関係において重視される「コミュニケーション能力」について、少し詳しく掘り下げてみたいと思います。

企業が求める人材像のトップは?

冒頭でも触れたとおり、コミュニケーション能力は、企業が社員に求める人材像のひとつとして挙げられる能力であることは良く知られています。

ここでは、2022年9月に帝国データバンクが発表した「企業が求める人材像」に関する調査結果について紹介したいと思います。(期間:2022年9月2日~5日、対象:小規模企業・中小企業・大企業1,550社から有効回答、方法:インターネット)

順位人材像回答割合
1位コミュニケーション能力が高い42.3%
2位意欲的である42.2%
3位素直である35.0%
4位真面目、または誠実な人柄である31.8%
5位明るい性格である21.9%
6位専門的なスキルを持っている18.3%
7位前向きな考え方ができる15.4%
8位行動力がある12.5%
9位精神的にたくましい9.7%
10位主体性がある8.6%
10位忍耐力がある8.6%
2022年9月帝国データバンク調査「企業が求める人材像」(複数回答3つまで)
(マイナビニュースホームページより引用し筆者まとめ)

上の資料のとおり、この調査でもコミュニケーション能力が企業から最も求められている能力のひとつとして挙げられています。まさに4割以上の企業が「コミュニケーション能力が高い」人材を求めていることがわかります。

そして、コミュニケーション能力の次に多かった回答が「意欲的である」、3番目が「素直である」、そして4番目に「真面目、または誠実な人柄である」という回答が続きます。

このように、企業が求める人材像の上位には、求める人材の人柄や性格面を表す要素が示されていることがわかります。その一方で、仕事の技術面を示す「専門的なスキルを持っている」という回答は2割を下回る企業しか回答しておらず、上から6番目の回答となっています。

さらに採用形態別に調査結果を分析すると、新卒採用をメインに行っている企業ほど「コミュニケーション能力が高い」人材を求めているとの報告があります。

これはつまり新卒採用する人材に、職場でのコミュニケーションによって対人関係を良好に保ち、長期就業につながるような能力を求めている結果とも言えるかも知れません。

引用:企業に聞いた「採用したい人材像」、1位は? – 2位意欲的、3位素直 | マイナビニュース

コミュニケーション能力とは

ここで改めて、「コミュニケーション能力」とは一体どのような能力なのかについて確認したいと思います。

皆さんは、「コミュニケーション能力が高い人」と聞いて、どのような人をイメージするでしょうか。例えば、社交性があって、会話も上手で、誰とでも仲良くなれるタイプを想像する人も多いのではないでしょうか。

コミュニケーション能力とは、一般的に以下に示す能力と言われています。

コミュニケーション能力とは…
対人関係において円滑に意思疎通を行うための能力

上記の説明からわかるとおり、「対人関係において」ということは、つまり双方向のやり取りを円滑にできる能力であることを意味します。

コミュニケーション能力に必要な4つの要素

前項では、コミュニケーション能力が対人関係における双方向の意思疎通に必要な能力であることがわかりました。

ここではコミュニケーション能力についてもう少し深堀りしてみたいと思います。

コミュニケーション能力は、大きく分けて「伝える力」と「受け取る力」に大別されます。

そして、2つに大別された「伝える力」と「受け取る力」をさらに細分化し、下の表に示す①~④の4つの要素に分けられると言われています。

伝える力①言語話す(書く)内容・言葉選び・感情への働きかけ
②非言語表情・身振り手振り・声のトーン
受け取る力③聴く力相手の話の意図や内容を正確に理解
④読み取る力相手の言語・非言語情報から真意・本音を理解、推測
コミュニケーション能力に必要な4つの要素(筆者作成)

伝える力には、「①言語」と「②非言語」による能力があります。

「①言語」による能力とは、直接言葉や文字を使って相手に物事を伝える能力、「②非言語」による能力とは、表情や身振り手振りなどを使って相手に物事を伝える能力のことです。

それに対し、受け取る力には、「③聴く力」と「④読み取る力」があります。

「③聴く力」とは、相手の話の内容を理解することや話の意図を理解する能力、「④読み取る力」とは、相手から発せられる言葉や表情、ジェスチャーなどから相手が伝えたいことの真意や本音を理解し、または推測する能力を言います。

コミュニケーション能力の4つの要素を高めていくことは、仕事面においてはもちろんのこと、日常生活における人間関係においても重要であることがわかると思います。

医療従事者にとってなぜコミュニケーション能力が重要なのか?

これまで、コミュニケーション能力の言葉の定義や、企業活動においてコミュニケーション能力が最も重視される能力であることについて確認してきました。

それでは、医療機関に目を移したときに、このコミュニケーション能力はどのように評価されるのでしょうか。

ここでは、医療機関におけるコミュニケーションの必要性と医療従事者に求められる課題について考えてみたいと思います。

患者は医療従事者とのコミュニケーションを求めている

患者が医療機関を選ぶ際、以前は、家族や知人に評判を聞いて決めることも多かったと思います。

しかし、インターネットやSNSが発達した現在においては、誰にも聞かずに、ネット上の口コミだけで受診医療機関を選ぶ人も多くなっているのではないでしょうか。

医療機関の大手検索サイトCalooで利用者の口コミを見てみると、多くの患者が医療機関に、「優しい」、「安心」、「丁寧」を求めていることがわかります。

その口コミのなかから2件紹介したいと思います。

とにかく親切。症状を細かく聞いてくれてじっくり話をするので安心。
(東京郊外・A内科クリニックに対する口コミ)

近所の内科のなかで一番好き。先生が余計なことを言わずにわかりやすく説明してくれる。安心できるから他に移らず通っている。信頼できる優しい先生。
(東京郊外・B内科クリニックに対する口コミ)

上の2つの口コミから読み取れるように、患者は医療従事者とのコミュニケーションを求めていることがわかります。

つまり、コミュニケーションをとおして自身の症状に対する安心を求めているのです。

口コミサイトと医療機関の評価について、以下の記事で詳しく取り上げていますので是非ご参考ください。

患者からの評価はコミュニケーションで決まる

病気やケガで悩む患者は、特に診察を担当する医師にじっくりと話を聞いてもらい、わかりやすく症状の説明をしてくれると、不安が和らぎとても安心します。

1日20人の予約患者がいる場合、1人の患者は医療機関からみると1日の患者のうちの20分の1の存在かも知れませんが、患者からすると何カ月かに1回の受診機会になります。

その限られた1回の受診機会において、医師や医療従事者とのコミュニケーションの質が高いか低いか、また量が多いか少ないかによって、その医療機関の評価が決まってしまうと言っても言い過ぎではないでしょう。

患者の求めに応じることができるかどうかは、患者と直に接する医師を始めとした医療従事者のコミュニケーション能力次第になります。

そして、患者とのコミュニケーションをより円滑に行うことは、患者の不安を解消して、この先も選んでもらえる医療機関になるための条件になると言えます。

患者とのコミュニケーション不足は診療サービス低下を招く

前項では、医療従事者と患者とのコミュニケーションの程度が、医療機関の評価につながる側面について考えてみました。

それでは、医療従事者のコミュニケーション能力は患者を診療するうえで、どのような影響を与えるのでしょうか。

医療現場は、患者とのコミュニケーションの連続です。患者とのコミュニケーションが少なければ少ない程、患者に安心を提供できないどころか、診療上のサービスも低下してしまう可能性があると言えるでしょう。

医療現場においては、初診時の問診から「受け取る力」が問われます。つまり、コミュニケーションの4つの要素で言うところの「③聴く力」と「④読み取る力」をフルに発揮することによって、患者が訴える症状を正確に理解し、疾患を特定していく必要があります。

また、診療が進んでいくうちに、患者に対して症状を説明し、同意を求める機会が訪れます。ここでは、「伝える力」が問われます。

医師や看護師など医療従事者と違い、患者は医学的な知識は乏しいです。全く知識がない患者もいるかも知れません。そうした患者を相手にコミュニケーションの4つの要素のうち「①言語」と「②非言語」を駆使して、治療で必要な協力を求めていかなければなりません。

コミュニケーション能力で大別される「伝える力」も、「受け取る力」も、医療従事者においては共に不可欠な能力であることが理解できると思います。

傾聴スキル向上が医療機関の課題

先に触れたとおり、患者とのコミュニケーションは、患者に対する診療の質を上げるための条件になります。

そして、そのコミュニケーションの質を高めていくことは、この先も患者から選ばれる医療機関になるための条件にもなりそうです。

ここでは、コミュニケーション能力における「伝える力」と「受け取る力」のうち、「受け取る力」に焦点を当てて、その重要性について考えてみたいと思います。

診療でより重要になるのは「聴く力」と「読み取る力」

先ほど触れたとおり、医療従事者にとって、コミュニケーション能力における「伝える力」と「受け取る力」の両方が不可欠な能力であると伝えました。

しかし、医療従事者が患者とのコミュニケーションでより重要になるのが「受け取る力」ではないかと考えます。

もし「受け取る力」が不足していると、患者からの症状の訴えを正確に理解することが難しくなるため、その分、疾患の特定が困難になる恐れがあります。

また、「受け取る力」よりも「伝える力」ばかりを重視していると、患者の訴えに耳を傾けない一方通行の診療になり、患者の精神的な不安が解消されず、医療機関からの患者離れが生じる恐れがあります。

「受け取る力」とは、コミュニケーションの4つの要素で言うところの「③聴く力」と「④読み取る力」です。

「聴く力」と「読み取る力」を言い換えると、「傾聴スキル」とも言うことができます。

医療機関では、医師を始めとした医療従事者の傾聴スキルを養うことが、診療の質や患者サービスの向上につながると考えられます。

経営上難しいという現実的な事情も

前項では、医療機関において「受け取る力」、「傾聴スキル」が特に重要であると伝えたところです。

とは言うものの、医療従事者の皆さんのなかには、患者とコミュニケーションを十分に取る必要があることくらいわかっているよと、指摘する人も少なくないのではないでしょうか。

医療機関にとってみれば、そもそも患者数を増やしたいと思う一方で、予約枠の人数を守る必要もあるでしょう。全ての患者1人1人に充分時間をかけていられないという経営上の現実的な事情もあることも理解できます。

傾聴の3つの要件とは

患者1人1人に対する傾聴は、経営面からみても極めて難しい課題であると考えられます。

さらに、傾聴には医療従事者側にも相当の覚悟や忍耐を伴うことも忘れてはなりません。

精神科医でカウンセラー教育に長く携わる高橋和巳氏は、著書のなかで、話し手を楽にさせる聴き方を「傾聴」と呼び、「傾聴」には3つの要件(➊賛成して聴く➋黙って聴く➌世界を代表して聴く)があると伝えています。

「傾聴」とは

話し手を楽にさせる聴き方

「傾聴」の3つの要件
  1. 賛成して聴く
  2. 黙って聴く
  3. 世界を代表して聴く

さらに、長くカウンセリングに携わる高橋医師においてしても、傾聴の難しさや傾聴に向かう際の覚悟、忍耐が必要になると伝えています。

カウンセリングの最中、
「ずっと聴いていればどこかで賛成できなくなるし、口を挟みたくなります」
しかし、口を挟まず聴くことに徹することが重要

引用:高橋和巳著「精神科医が教える聴く技術」(ちくま新書)

医療従事者に対する相当の負担や経営上の制約があるなか、医療機関がスタッフの傾聴スキルを発揮させるために、どのような取り組みを考えればいいのでしょうか。次の項でみていきたいと思います。

なお、傾聴スキルは、政府が示す「社会人基礎力」12の能力要素のうちのひとつに数えられています。社会人基礎力に関しては、以下の記事で詳しく解説していますので是非ご参考ください。

傾聴スキルを向上させるための4ステップ

それでは、医療機関がスタッフの傾聴スキル向上に向けた取組を考える場合、どのような点がポイントになるのでしょうか。

以下のとおり、医療機関で実践すべき傾聴スキル向上の4ステップを紹介したいと思います。

医療機関で傾聴スキルを向上させるための4ステップ
  • コミュニケーションの重要性について管理者層が共通認識を持つ
  • コミュニケーションの重要性を全スタッフに周知する
  • 外部講師による全スタッフ対象の傾聴スキルアップ研修を行う
  • 各部署が日々の朝礼等でスタッフへの動機付けを行う

ステップ➊:コミュニケーションの重要性について管理者層が共通認識を持つ

まず、管理者層全員の意思統一が必要になります。

つまり、患者との親密なコミュニケーションが、診療の質においても、集患の面においても、非常に重要な要素になることを、管理者会議などで十分議論し、そのうえで管理者層全員が共通認識を持つことからスタートします。

ステップ➋:コミュニケーションの重要性を全スタッフに周知

管理者層による共通認識が固まったら、次にスタッフへの周知を行います。

周知は院長など経営トップから行うことが重要です。患者とのコミュニケーションが以下の理由から重要であることを、経営トップから医師を含めた全スタッフにアナウンスします。

  • 患者に対する診療の質を向上させる要因になること
  • 患者に安心を与え、この先も患者から選んでもらえる医療機関になる要因になること

経営トップから全スタッフへのアナウンスは、最初の1回に限らず、可能な限り定期的に直接アナウンスする機会を設けることが大事です。

定期的に経営トップからスタッフ1人1人に啓蒙していくことができれば、さらにコミュニケーションの重要性に関する意識の定着が固まっていくと考えられます。

ステップ➌:外部講師による全スタッフ対象の傾聴スキルアップ研修を行う

スタッフへの周知が終了したら、次はスタッフに対する研修を行います。

日常の診療業務から患者に対する傾聴を行うためには、スタッフに相当のスキルアップやメンタル維持の能力が必要とされます。

スタッフに傾聴の重要性を正しく理解させ、傾聴スキルの向上を図っていくために、全スタッフ対象の研修を外部講師を招いて行います。

医師については、普段の診療業務から傾聴という概念で患者と接する意識がないかも知れません。しかし、患者との関係性構築で最も重要な職種は医師になります。

傾聴スキルアップ研修は、医師が改めてコミュニケーションの重要性について気づきを得ることで、医師業務へのモチベーション向上や診療の質向上を図る貴重な機会になるかも知れません。

研修日時の設定や実施回数については、医師が全員参加できるように、特別な配慮が必要になるでしょう。

なお、傾聴スキル向上の具体的なノウハウについては、厚生労働省が運営する「こころの耳 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト」にトレーニング方法が掲載されていますので、是非ご参考ください。

話を「聴く」~積極的傾聴とは~|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト (mhlw.go.jp)

研修講師の選定については、傾聴スキルを得意とする専門家を外部講師として招聘するのが理想です。

内部人材を講師にあてることも考えられますが、外部講師の方が全スタッフが緊張感をもって受講に臨めるというメリットがあります。また、傾聴スキル向上に対する管理者層の意識の高さがメッセージとしてスタッフに伝わるというメリットもあるため、外部人材の活用をお勧めします。

研修講師の候補としては、社会保険労務士やキャリアコンサルタントなどが考えられます。社会保険労務士の活用方法に関して、以下の記事で詳しく取り上げていますので是非ご参考ください。

ステップ❹:各部署が日々の朝礼等でスタッフへの動機付けを行う

全スタッフに対する研修が終了したら、スタッフへの継続的な動機付けを行っていきます。

経営トップから全スタッフへ定期的にアナウンスしていくことも有効ですが、各部署において朝礼などの日々の声掛けから、患者への傾聴の心掛けやコミュニケーションの重要性について啓蒙していくことが非常に重要になります。

こうしたスタッフへの継続的な動機付けによって、スタッフ1人1人にまで患者とのコミュニケーションの重要性を浸透させることができれば、さらなる診療の質向上や、より患者に選ばれる医療機関になるための条件が満たせると言えるかも知れません。

まとめ

今回は、医療現場で必要とされるコミュニケーション能力と、特に重要となる傾聴スキル向上の取組について考えてきました。

  • 賛成して聴く
  • 黙って聴く
  • 世界を代表して聴く

先に紹介した精神科医・高橋和巳氏の表現からもわかるとおり、傾聴はとても奥が深いというのも事実です。

患者との傾聴が大事だと言うのは簡単ですが、忙しい医療現場ではなかなか浸透させるのは難しいことだと思います。

しかし、スタッフのコミュニケーション能力や傾聴スキルを向上させることは、医療機関において患者の定着などの経営面だけに効果をもたらすわけではありません。

患者との親密なコミュニケーションは、患者の診療の質を上げるとともに、患者のヘルスリテラシーを向上させるきっかけにもなります。

患者のヘルスリテラシーが向上すれば、患者やその家族、またその周りの人たち、さらに地域住民のヘルスリテラシーが向上するきっかけにもなるでしょう。

そしてその結果、地域住民全体の健康寿命延伸のきっかけにもなるかも知れません。

今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

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この記事を書いた人

吉澤社労士事務所代表。社会保険労務士、健康経営アドバイザー、ファイナンシャルプランナー(CFP®認定者)。医療機関で25年間事務職に従事。総務、経理、医事、健診部門など幅広く経験を積み、2024年4月に独立。地元・東京都日野市にて医療機関専門社労士として活動中。
医療機関や医療従事者の方々へのお役立ち情報を発信しています。今後ともよろしくお願いします。

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