病院事務職の転職事情と、求められるスキルや能力、条件とは

近年の医療制度は、変化のスピードが速く、内容が複雑になってきています。

医療機関に勤める事務職員は、院内の調整業務などに労力を奪われ、本来の業務がうまく進まず、自分の仕事に自身が持てない場合もあると思います。

また、同年代の他業種の人と比べて感じる年収の低さや、体系的なキャリアパスがないことの不安から、転職を意識する人もいるかも知れません。

自分の市場価値がどのくらいか、今の実力が他の職場で通用するのか、そもそも本当に転職が必要なのか。

今回は、医療機関の事務職員の転職事情を眺めつつ、求められるスキルや条件について考えていきたいと思います。

目次

病院事務職の転職理由に関するアンケート結果を紹介

実際に転職活動をしている医療機関の事務職は、どんな理由で転職を果たそうとしているのでしょうか。

過去にエムスリーキャリアが行った、転職理由に関するアンケート結果を紹介したいと思います。(複数回答、2019年に同社事務職紹介サービスに登録したユーザーのうち、回答のあった1,998名が対象)

病院事務職 約2000名に聞く「転職理由」、第1位は? |病院事務職求人.com (m3career.com)

事務職全体の転職理由トップ5とは?

全体の転職理由ランキングトップ5をみると、以下のとおりとなっています。

転職理由ランキングトップ5(事務職全体)

1位:年収(13.4%)
2位:雇用形態(10.5%) 
3位:業務内容・やりがい(9.1%)
4位:職場の雰囲気・人間関係(7.1%)
5位:転居(6.0%)

病院事務職 約2000名に聞く「転職理由」、第1位は? |病院事務職求人.com (m3career.com)

全体1位:年収(13.4%)

事務職は専門資格を持たないため、他の専門職種と比較すると給与が低めに設定されていることが多いです。

そもそも、公正な賃金体系が導入されていない可能性もあります。低めの給与設定は医療業界全体の傾向なので、他の医療機関に転職する場合、給与がどれ程上がるかは慎重な見極めが必要になります。

なお、大手求人サイトのindeedによると、医療事務の平均給与は以下のとおり紹介されています。

医療事務の場合、非常勤での働き方も広く認められていることもあり、全業種の一般事務と比較すると低めの給与設定であることがわかります。

医療事務一般事務
年収2,665,772円4,126,186円
月給188,741円292,141円
時給1,272円1,447円
医療事務と一般事務の給与比較
※indeed社ホームページ「給与調査」を参考に筆者(2024年10月3日現在)

全体2位:雇用形態(10.5%)

人件費を抑えるために、パートや嘱託採用から、常勤職員への道が開けていないケースが想像できます。

他の専門職種と異なり、事務スタッフは収益を生まないと考え、事務職の人件費を単に「コスト」と捉える医療機関もあるかも知れません。

全体3位:業務内容・やりがい(9.1%)

医療機関は人事異動が硬直化していることが多いためか、自分の異動希望が通らないケースが考えられます。

本当にやりたい業務があれば、まずは上長に異動希望の打診をして、難しければ転職の検討もありかも知れません。

全体4位:職場の雰囲気・人間関係(7.1%)

3位と同様、人事異動が活発ではない分、風通しが悪いというのも原因の一つかも知れません。先が見通せず、転職に踏み切るケースが考えられます。

しかし、人間関係についてはどこの職場でも抱える問題ですので、転職は慎重になった方が無難です。

全体5位:転居(6.0%)

通勤県外への転居であれば職場を変えるのは妥当でしょう。以前より1箇所で勤め上げる、という考えが薄れていることも言えるのかも知れません。

医事課の転職理由で特徴的な項目を分析

病院事務職全体の順位を確認したところですが、ここでは医事課単独での転職理由で特徴的なものを挙げたいと思います。

医事課1位:年収(16.9%)

前掲した平均給与の資料をみてもわかるとおり、全業種の一般事務と比較しても医事課職員の給与は低めの設定になる場合が多いと思われます。

他の医療機関に転職する場合でも、給与アップはなかなか期待できそうもありませんので、慎重な見極めが必要です。

年収を増やすには、まずは自院でのキャリアアップを志向する方が優先順位が高いと思います。

もしそれが難しければ、他業種へのキャリアチェンジを視野に入れることになります。

医事課5位:残業時間(8.3%)

医事課はレセプト業務があるため、残業が毎月恒常的に発生します。患者対応が終了した夕方以降の作業になることが多く、どこも月初に残業が出ます。

他の医療機関に転職しても、医事課勤務であれば残業を完全に解消することは難しいかも知れません

医事課7位:勤務体系・勤務日数(7.1%)

残業時間と同様、勤務体系・勤務日数についても、毎月レセプト対応等に追われる医事課職員特有の転職理由だと考えられます。

カレンダーの関係で土日勤務を強いられることや、年末年始、ゴールデンウィークについても毎年ゆっくり休みを取れない医事課職員も少なくないのではないでしょうか。

これについても、他の医療機関への転職の場合、医事課勤務であれば解消が難しい項目となりますので、院内の別の部署への異動を検討するか、他業種へのキャリアチェンジも視野に入れないといけません。

管理職層の転職理由で特徴的な項目を分析

次に、管理職層単独での転職理由で特徴的なものを挙げたいと思います。

管理職層1位:経営方針への不満(14.6%)

近年の医療制度は変化が激しく、経営が万事順調な医療機関は数少ないため、転職先の見極めは難しいと思います。

管理職であれば、経営方針に意義を唱えたり、改革する立場でもあるため、まずは自院の業務に励むことが重要です。

管理職層3位:業務内容・やりがい(11.0%)

役職は管理職でありながら、実務や現場対応に追われている可能性があるため、現状にやりがいを見いだせないケースが考えられます。積極的に中堅層へ権限移譲を図ることが必要になりますが、それも難しいのが現実だと思われます。

これは医療業界に限らず、他の業界でも同様の傾向にあるようです。他の医療機関や他業界への転職でも同じことがつきまといますので、まずは、現状の課題にじっくり向き合うことが優先されるでしょう。

現状の課題がクリアされたら、他部署への異動を申し出て、心機一転他部署での業務に励むことをお勧めします。

管理職層6位:スキルの活用・挑戦(6.0%)

年収や自身の地位を向上させる意志から転職を希望するケースだと考えられます。

管理職層7位(5.3%)の「スキルアップ」と併せて考えると、課長職なら事務長へのステップアップであったり、規模の大きい病院での管理職候補としての転職を目指すことが考えられます。

事務職に必要な3つの共通能力とは?

ここでは、変化の激しい医療業界において、事務職に求められる共通の能力として、次の3点を挙げたいと思います。

共通能力①コミュニケーション能力
共通能力②調整能力
共通能力③マネジメント能力

共通能力①コミュニケーション能力

コミュニケーション能力は、現代のビジネスパーソンにとって最も重要なスキルとされています。

特に医療従事者の皆さんにとってコミュニケーション能力が重要であることは、痛いほど感じているのではないでしょうか。

他の医療職に限らず、事務職においても患者やその家族に対するコミュニケーションと職員に対するコミュニケーションにおいて非常に重要なスキルとなります。

共通能力②調整能力

病院運営全般において特に事務職に期待されるのは、病院全体の裏方として部門間や職種間の調整を行うことにあります。

病院は、多職種構造であるがゆえに生じる職種間や部門間の軋轢や、職員間でのコミュニケーションエラーが発生しやすい職場と言えます。

これらを調整する能力が病院事務職にとって必要不可欠なスキルと言えます。

共通能力③マネジメント能力

マネジメント能力も病院事務職には必須のスキルと言えます。

そもそもマネジメント能力とは、物事を管理する能力のことを言いますが、病院では貴重な経営資源である「ヒト、モノ、カネ、情報」を管理する能力を指します。

つまり、「ヒト」は総務部門、「モノ」や「カネ」は経理部門、「情報」は総務・経理・医事全ての部門が管理する責任があります。

事務職には、これらの経営資源を管理し、病院経営や医療事業を維持・向上させる能力が求められます。

コース別で特に必要となる追加能力

3つの共通能力①~③が事務職のベースの能力になりますが、下表のとおりコース別で特に必要となる能力があります。それぞれ簡単に説明したいと思います。

総務・経理
(ジェネラリストコース)
医事
(スペシャリストコース)
追加能力経営戦略遂行能力マーケティング能力
共通能力①コミュニケーション能力
共通能力②調整能力
共通能力③マネジメント能力
事務職に必要な共通能力とコース別追加能力

総務・経理:経営戦略遂行能力

総務・経理部門は、経営の方向性を左右するような地域医療構想や働き方改革などに対応していかなければなりません。

自院の強みを活かし、事業を継続していける戦略を立て、実行に乗せられる経営戦略遂行能力が必要です。

医事:マーケティング能力

近年、2年に1回訪れる診療報酬改定がより複雑になってきていることを、皆さんも現場で実感されているのではないでしょうか。

医事部門の職員には、政府の方針を的確に察知して、自院の強みや地域のニーズを分析し、より収益性の高い算定を行うマーケティング能力が必要と言えます。

事務職が転職する際に考えるべき4つのポイント

それでは、医療機関の事務職が転職やキャリアチェンジをする際、いったい何を考える必要があるのでしょうか。以下4点を挙げたいと思います。

事務職が転職する際に考えるべき4つのポイント

①業務棚卸をする
②自己分析をする
③キャリアデザインを設計する
④設計したキャリアデザインを現職で実践してみる

ポイント①業務棚卸をする

まず始めに、これまで自身で経験してきた業務の棚卸を行います。

頭でイメージするだけではなく、最低でも次のことを実際に書き出してみることをお勧めします。転職活動の際のアピールポイントの整理にもなります。

●従事していた期間
●所属・部署
●担当業務
●担当業務における実績
●担当して得られた知識・スキル


さらに、現職当初にイメージしていたキャリアデザインキャリアドリフトにより、自分の想定外に獲得できた資源についても書き出してみます。

キャリアドリフトとは、キャリアの大きな方向性だけを決め、流れに身を任せるなかで結果としてできあがっていくというキャリア理論です。

キャリアデザインとキャリアドリフトの関係性については、別の記事で詳しく解説していますのでよろしければお読みください。

ポイント②自己分析をする

キャリアアンカーの考えを基に、自分の仕事上の強みや適性、価値観についての内省を深め、自分のタイプを認識します。(転職が最善の選択なのか、現職で自分の意向が叶えられないか)

キャリアアンカーとは、自分のキャリアを形成するうえでの指針や目標、価値観のことで、仕事をしていくうえで譲れないものを言います。

キャリアアンカーには、8つのタイプがあります。用意された40項目の質問票に回答して、自身のタイプを診断します。

  • 技術的・専門的能力志向
  • 経営管理能力志向
  • 自主性・独立性志向
  • 保障・安全性志向
  • 起業家的創造性志向
  • 他者・社会への貢献志向
  • チャレンジ志向
  • ライフスタイル志向

キャリアンカーに関しては、別の記事で詳しく解説していますのでよろしければお読みください。

ポイント③キャリアデザインを再設計する

キャリアアンカーを用いた自己分析をもとに、自身のキャリアデザインを改めてイメージし直し、キャリアデザインを再設計します。

ポイント④設計したキャリアデザインを現職で実践してみる

キャリアデザインしたもののなかに、現職で活かせるものがあれば実践してみます。そうすることで、転職やキャリアチェンジした後のシミュレーションになります。

うまくいけば、現職で評価が上がり、自院でキャリアアップが実現するかも知れません。

まとめ

社会が目まぐるしく変化し、複雑になってきています。そうした状況下で、患者対応や職場内での人間関係も複雑化しています。

本来業務と併せて組織のマネジメントや調整役を担う医療機関の事務職にとって、肉体的にも精神的にも負荷が高まっていると思います。

転職は、家族にも影響を及ぼす大きな決断となります。ただ、自分の特性や価値観を優先して、いきいきと働ける仕事を見つけることが、家族にとってもいいことなのかも知れません。

今回の記事が、皆さんのキャリア形成に少しでもお役に立てれば幸いです。

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この記事を書いた人

吉澤社労士事務所代表。社会保険労務士、日本FP協会AFP認定者。医療機関で25年間事務職に従事。総務、経理、医事、健診部門など幅広く経験を積み、2024年4月に独立。地元・東京都日野市にて医療機関専門社労士として活動中。
医療機関に役立ちそうな情報を発信していきますので、今後ともよろしくお願いします。

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