医療機関の労働生産性向上のきっかけを考える

労働生産性」という言葉をよく聞くことがあると思います。

労働生産性とは、労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを定量的に数値化したもので、以下の式により算出されます。

労働生産性=「アウトプット(付加価値額)÷インプット(労働者数×労働時間)」

メディアからは、世界の国々のなかで日本の労働生産性の低さが指摘されていると思います。

今回は、日本の労働生産性の現状と、医療機関における改善策についてみていきたいと思います。

目次

日本の労働生産性の現状を探る

実際、日本の労働生産性は、国際的にみてどの位置にあるのでしょうか。

公益財団法人 日本生産性本部がまとめている「労働生産性の国際比較 2023」を参考に、確認していきたいと思います。

2022年の時間当たり労働生産性の概要

前掲の資料より、2022年における「時間当たり労働生産性」の概要について、以下のとおりまとめました。

2022年時間当たり労働生産性の概要

●日本の時間当たり労働生産性 52.3ドル(5,099円/購買力平価換算)
 
●日本の1人当たり労働生産性 85,329ドル(833万円/購買力平価換算)

OECD加盟38カ国中30位主要先進7か国中最下位

●前年から順位を2つ下げた

データ取得可能な1970年以降、最低の順位

●日本の前後の順位(トップ10の推移は以下の表のとおり)
 27位 エストニア
 28位 ポーランド
 29位 ポルトガル 
 30位 日本
 31位 スロバキア
 32位 ハンガリー
 33位 韓国

順位2000年2010年2020年2022年
1位ルクセンブルクルクセンブルクアイルランドアイルランド
2位ノルウェーノルウェールクセンブルクノルウェー
3位ベルギー米国ベルギールクセンブルク
4位オランダアイルランドノルウェーデンマーク
5位スウェーデンベルギーデンマークベルギー
6位米国デンマークフランススイス
7位フランススウェーデンオーストリアスウェーデン
8位スイスオランダスウェーデンオーストリア
9位ドイツスイススイス米国
10位デンマークフランス米国アイスランド
日本(21位)日本(20位)日本(27位)日本(30位)
時間当たり労働生産性 上位1 0カ国の変遷

労働生産性の国際比較2023サマリー (jpc-net.jp)

公益財団法人 日本生産性本部ホームページより引用

日本の労働生産性が低い理由

前掲の資料からも、日本の労働生産性は、国際的にみるとかなり低いことがわかりました。

その原因は、日本の働き方が、長時間労働や、無駄な作業が多く、IT活用が遅れていることなどが一般的に挙げられます。

業界の中でも、医療業界は労働生産性が低い

それではもう少し深堀りして、日本の医療・福祉分野がどうなのかについて確認したいと思います。

公益財団法人 日本生産性本部のホームページより、企業レベル生産性データベースの産業別データ(2022年度)を抽出した結果、以下のとおりとなりました。

順位業種(大分類)労働生産性(千円)
1位金融業,保険業16,877
2位電気・ガス・熱供給・水道業16,845
3位不動産業,物品賃貸業15,184
4位生活関連サービス業,娯楽業9,471
5位宿泊業,飲食サービス業9,153
6位サービス業(他に分類されないもの)8,805
7位鉱業,採石業,砂利採取業8,190
8位卸売業,小売業8,144
9位情報通信業7,999
10位学術研究,専門・技術サービス業7,979
11位医療,福祉7,890
12位製造業7,624
13位運輸業,郵便業7,069
14位複合サービス事業6,045
15位農業,林業5,487
全産業8,339
企業レベル生産性データベース 産業別データ・労働生産性(2022年度)

表のとおり、「医療・福祉」の労働生産性の順位は、分類された15業種のうち、11位でした

金額でみると、医療・福祉」は7,890千円となり、1位の「金融業,保険業」の16,877千円に対して、半分以下の結果となっています。

11位という順位が示すとおり、全産業平均の8,339千円よりも5%以上低い結果となっています。

業務改善の手がかりは、「5S」・「3S」・「ECRSの原則」

日本の労働生産性は、国際的にみてかなり低く、中でも医療福祉分野が低いことがわかりました。

労働集約型産業という医療業の性質上、人手がかかるということや、長時間労働がその一因かもしれません。

それでは、この労働生産性を向上させるには、具体的にどのようにすればいいでしょうか。

ここでは参考までに、業務改善の前提となる基礎知識として、日本産業規格による生産管理用語を紹介したいと思います。

主に製造業の生産現場で用いられるものですが、医療現場でも活用できるかも知れません。

「5S」

5S」とは、「職場の管理の前提となる整理,整頓,清掃,清潔,しつけ(躾)について,日本語ローマ字表記で頭文字をとったもの」と定義されています。

「5S」(職場の管理の前提

整理
 必要な物と不必要な物に区別し、不必要な物を片付けること

整頓
 必要な物を使いやすい場所に準備しておくこと

清掃
 身の回りの物や職場を掃除して、いつでも使えるようにすること

清潔
 ①~③を維持し、きれいでわかりやすい状態を保つこと


 職場のルールや規律を必ず守り、習慣づけること

「3S」

3S」とは、「標準化,単純化,専門化の総称であり,企業活動を効率的に行うための考え方。」と定義されています。

「3S」(⽣産の合理化の基本原則)

単純化(Simplification)
 製品・材料・部品の整理、業務工程の見直しで、生産を単純化すること

標準化(Standardization)
 一定の基準に従い、材料や方法を統一して標準的にすること

専門化(Specialization)
 品種の限定や、作業の分担等で専業化を図ること

「ECRSの原則」

ECRSの原則」とは、「工程,作業,動作を対象とした分析に対する改善の指針として用いられる,E(eliminate:なくせないか),C(combine:一緒にできないか),R(rearrange:順序の変更はできないか),S(simplify:単純化できないか)による問いかけ。」 と定義されています。

「ECRSの原則」(改善の原則)

排除(Eliminate・なくせないか?)
結合(Combine・一緒にできないか?)
交換(Rearrange・順番を変えられないか?)
簡素化(Simplify・簡単にできないか?)

医療現場で実践したい生産性向上の手順とは

ここでは、「5S」、「3S」、「ECRSの原則」などを念頭に置いて、医療現場でできそうな労働生産性向上の手順についてみていきたいと思います。

労働生産性向上の手順

①業務の棚卸、業務プロセスの「見える可」
②業務プロセスの分析・改善
③業務のDX化
④ノンコア業務の外注化
⑤労働環境、処遇の見直し・改善
⑥能力開発

①業務の棚卸、業務プロセスの「見える可」

まずは、全ての業務を棚卸し、可視化することから始めます。

②業務プロセスの分析・改善

「見える可」したあとは、「3S」、「ECRSの原則」等により、業務改善に向けた各業務プロセスの分析をします。

③業務のDX化

さらに、自動化が図れる業務はシステム導入を検討のうえ、DX化を進めます。今後AIがさらに医療の手助けになるかも知れません。

④ノンコア業務の外注化

①②の段階でコア業務とノンコア業務の仕訳をしておきます。この段階では、ノンコア業務と判断した業務の外注化を進めていきます。

⑤労働環境、処遇の見直し・改善

作業環境の整備や、スタッフの処遇改善を図り、士気を高めます。

⑥能力開発

スタッフの研修制度を充実させ、個々の能力を伸ばし、業務スピードや質を向上させます。

労働生産性向上がもたらすメリットとは

これまでみてきたとおり、生産性改善の取組を進めることで、以下のメリットが得られそうです。

生産性改善によるメリット

①収益の向上
②コスト削減
③ワークライフバランスの推進

①収益の向上

コア業務への経営資源の集中投下が可能になり、延患者数増、診療単価向上により収益性改善が期待できます。

②コスト削減

ノンコア業務の外注化や一人当たりの時間外労働の減少、人員減を図ることで、人件費の削減が期待できます。

③ワークライフバランスの推進

人手不足が解消することにより、スタッフの残業が減り、家庭で過ごす時間が長くなります。有給休暇の取得も進み、心身ともに健康が増進し、院内全体の生産性向上が期待できます。

できることから始めていく

医療業は、とても複雑な要素が絡みますので、製造業と同じ手法で業務改善ができる程簡単ではありません。

ここでは、あくまでも生産性改善を考えるきっかけとして紹介しました。

病院の場合は、病院機能評価の受審が業務改善のきっかけになると思います。

機能評価受審とおして、身の回りの業務マニュアルの見直し、「5S」の徹底を図ることなど、できることから始めていくのがいいと思います

ただ、それらを含めて考えても、労働生産性向上のベースになるのは、やはり働き方改革になるのかも知れません

まとめ

地域医療の支え手である各医療機関が、働き方改革を完了させ、生産性向上が実現できれば、スタッフのワークライフバランスを進めることができます。

そうすれば、職場に対するスタッフの満足度が向上し、患者満足度も向上していくでしょう。

今回の記事が、個々の医療機関の生産性向上のきっかけになれば幸いです。

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この記事を書いた人

吉澤社労士事務所代表。社会保険労務士、日本FP協会AFP認定者。医療機関で25年間事務職に従事。総務、経理、医事、健診部門など幅広く経験を積み、2024年4月に独立。地元・東京都日野市にて医療機関専門社労士として活動中。
医療機関に役立ちそうな情報を発信していきますので、今後ともよろしくお願いします。

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