労働生産性という言葉をよく耳にすることがあると思います。
皆さんの医療機関でも、
- 「最近、職場の労働生産性が悪くなってきた気がする…」
- 「生産性を上げるにはどうしたらいいのか…」
と頭を悩ませている管理職の方も少なくないでしょう。
しかし、そもそも世界の国々のなかで日本の労働生産性の低さが指摘されていることをご存知でしょうか?
なぜ、日本の労働生産性が低いのか?
今回は、日本の労働生産性の現状と、医療機関で労働生産性を高めるにはどのような考え方が必要なのかについてみていきたいと思います。
日本の労働生産性の現状を探る
さっそく、労働生産性の基本を押さえつつ、日本の労働生産性の現状について確認していきたいと思います。
労働生産性とは
労働生産性とは、労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを定量的に数値化したものです。
労働生産性は、以下の式により算出されます。
上記の計算式からわかるとおり、労働者レベルでの能力向上や効率改善、経営レベルでの効率改善等により、「アウトプットの増」・「インプットの減」を図ることで、労働生産性が向上する仕組みになります。
引用:日本生産性本部「日本の労働生産性の動向 2024 概要」
2023年日本の時間当たり労働生産性の概要
それでは、実際、日本の労働生産性は国際的にみてどの位置にあるのでしょうか。
公益財団法人 日本生産性本部がまとめている「労働生産性の国際比較 2024」を参考に、日本の労働生産性の概要について確認していきたいと思います。
2023年における時間当たり労働生産性の概要は以下のとおりとなっています。
- 日本の時間当たり労働生産性 56.8ドル(5,379円/購買力平価換算)
OECD加盟38カ国中29位 - 日本の1人当たり労働生産性 92,663ドル(877万円/購買力平価換算)
OECD加盟38カ国中32位(主要先進7か国中最下位) - 日本の1人当たり労働生産性は、主要先進国の中でも生産性のやや低い英国やカナダと比べても3/4程度で、米国の55%程度しかない
- データ取得可能な1970年以降、最低の順位(2022年30位→2023年32位)
- 日本の前後の順位
29位 | ニュージーランド |
30位 | ハンガリー |
31位 | スロバキア |
32位 | 日本 |
33位 | ラトビア |
34位 | ギリシャ |
35位 | チリ |
時間当たり労働生産性:上位1 0カ国の変遷
さらに、国別にみた労働生産性の上位10位までの推移を以下の表にまとめました。
前掲の資料でも示したとおり、日本は2023年にOECD加盟38カ国中29位となっています。
近年の状況をみると、日本は2000年には21位でしたが、それ以降は低下傾向にあると言えます。
一方、2023年の首位はアイルランドでした。アイルランドは2000年にはトップ10圏外だったものの、近年急上昇しています。2010年に4位に入り、2020年には首位に躍り出ました。
順位 | 2000年 | 2010年 | 2020年 | 2022年 | 2023年 |
1位 | ルクセンブルク | ルクセンブルク | アイルランド | アイルランド | アイルランド |
2位 | ノルウェー | ノルウェー | ルクセンブルク | ノルウェー | ノルウェー |
3位 | ベルギー | 米国 | ベルギー | ルクセンブルク | ルクセンブルク |
4位 | オランダ | アイルランド | ノルウェー | デンマーク | ベルギー |
5位 | スウェーデン | ベルギー | デンマーク | ベルギー | デンマーク |
6位 | 米国 | デンマーク | フランス | スイス | スイス |
7位 | フランス | スウェーデン | オーストリア | スウェーデン | オーストリア |
8位 | スイス | オランダ | スウェーデン | オーストリア | 米国 |
9位 | ドイツ | スイス | スイス | 米国 | オランダ |
10位 | デンマーク | フランス | 米国 | アイスランド | ドイツ |
日本(21位) | 日本(20位) | 日本(27位) | 日本(30位) | 日本(29位) |
公益財団法人 日本生産性本部ホームページより引用
日本の労働生産性が低い理由
前掲の資料からも、日本の労働生産性は、国際的にみるとかなり低いことがわかりました。
その原因は、日本の働き方が、長時間労働や、無駄な作業が多く、IT活用が遅れていることなどが一般的に挙げられます。
医療における労働生産性の厳しい現状
それではもう少し深堀りして、日本の産業界の中で医療・福祉分野の労働生産性がどのような状況になっているのか、ここで確認していきたいと思います。
医療・福祉業界は労働生産性が低い
まず、日本の産業別における労働生産性の順位を確認したいと思います。
公益財団法人 日本生産性本部のホームページより、企業レベル生産性データベースの産業別データ(2022年度)を抽出した結果、以下のとおりとなりました。
順位 | 業種(大分類) | 労働生産性(千円) |
1位 | 金融業,保険業 | 16,877 |
2位 | 電気・ガス・熱供給・水道業 | 16,845 |
3位 | 不動産業,物品賃貸業 | 15,184 |
4位 | 生活関連サービス業,娯楽業 | 9,471 |
5位 | 宿泊業,飲食サービス業 | 9,153 |
6位 | サービス業(他に分類されないもの) | 8,805 |
7位 | 鉱業,採石業,砂利採取業 | 8,190 |
8位 | 卸売業,小売業 | 8,144 |
9位 | 情報通信業 | 7,999 |
10位 | 学術研究,専門・技術サービス業 | 7,979 |
11位 | 医療,福祉 | 7,890 |
12位 | 製造業 | 7,624 |
13位 | 運輸業,郵便業 | 7,069 |
14位 | 複合サービス事業 | 6,045 |
15位 | 農業,林業 | 5,487 |
全産業 | 8,339 |
表のとおり、「医療・福祉」の労働生産性の順位は、分類された15業種のうち11位でした。
金額でみると、「医療・福祉」は7,890千円となり、1位の「金融業,保険業」の16,877千円に対して、半分以下の結果となっています。
11位という順位が示すとおり、全産業平均の8,339千円よりも5%以上低い結果となっています。
労働集約型産業という医療業の性質上、人手がかかるということや、長時間労働がその一因かもしれません。
地域別:医療業界における労働生産性の年度推移
ここでは、さらに日本の地域別にみた医療業界における労働生産性の年度推移について確認したいと思います。
前項と同じデータ元から、地域別に直近5年度分のデータを抽出のうえ下表のとおりまとめました。
2018年度 | 2019年度 | 2020年度 | 2021年度 | 2022年度 | |
北海道地方 | 5,599 | 6,227 | 5,235 | 6,153 | 6,514 |
東北地方 | 6,230 | 6,179 | 5,986 | 7,248 | 6,524 |
関東地方 | 9,286 | 8,956 | 8,143 | 9,153 | 8,405 |
中部地方 | 5,647 | 7,532 | 9,343 | 8,784 | 8,036 |
近畿地方 | 8,491 | 8,233 | 8,166 | 8,161 | 10,471 |
中国地方 | 6,676 | 4,458 | 7,089 | 6,222 | 5,672 |
四国地方 | 4,510 | 6,504 | 4,771 | 4,734 | 5,284 |
九州・沖縄地方 | 5,937 | 7,774 | 6,407 | 6,189 | 8,666 |
全国 | 7,423 | 7,627 | 7,404 | 7,786 | 7,890 |
上の表をみると、2022年度で最も労働生産性が高かった地域は、近畿地方の10,471千円となっています。2番目に高いのが九州・沖縄地方で8,666千円、3番目に関東地方8,405千円と続いています。
一方で、2022年度で最も労働生産性が低かった地域は、四国地方の5,284千円となり、最も高い近畿地方と比べるとその約半分の労働生産性ということになります。
四国地方は、前年度の2021年度と比較すると10%超の増加を示しているものの、直近3年間全ての年度において、全国で最低の労働生産性の数値となっていることがわかります。
なお、地域別の年度推移を全体的にみると、やはりコロナ禍の影響を直接受けた2020年度に労働生産性が下がっていることがわかると思います。
一般病院における労働生産性の年度推移
さらに、一般病院に絞って労働生産性の状況を確認していきたいと思います。
独立行政法人福祉医療機構がまとめている経営分析参考指標をもとに、一般病院における基礎的な経営指標と労働生産性を年度別にまとめてみました。
なお、同機構における労働生産性の計算式は以下のとおりとなります。
2020年度 | 2021年度 | 2022年度 | |
施設数 | 1,319施設 | 1,281施設 | 1,347施設 |
病床数 | 174.0床 | 169.3床 | 167.1床 |
従業者数 | 310.0人 | 305.4人 | 300.0人 |
入院患者数/日 | 133.3人 | 129.4人 | 126.3人 |
外来患者数/日 | 230.8人 | 242.4人 | 234.0人 |
入院単価 (入院医業収益/患者1人1日) | 50,701円 | 51,560円 | 52,387円 |
外来単価 (外来医業収益/患者1人1日) | 14,359円 | 14,010円 | 14,516円 |
労働生産性 | 6,299千円 | 6,520千円 | 6,445千円 |
引用:独立行政法人福祉医療機構 経営分析参考指標 | WAM
・2021年度(令和3年度)決算分(ダイジェスト版)「2021年度(令和3年度)病院の経営状況」
・2022年度(令和4年度)決算分(ダイジェスト版)「2022年度(令和4年度)病院の経営状況」
より筆者まとめ
上記の表をみると、2020年度の労働生産性6,299千円に対し、直近の2022年度では6,445千円と上昇しているものの、2021年度の6,520千円よりは僅かながら減少しています。
コロナ禍のため一概に説明できないですが、従業者数の減少があるものの、入院・外来ともに1日当たりの患者数が減少していることが、労働生産性低下の一つの要因になっているかも知れません。
業務改善の手がかりは、「5S」・「3S」・「ECRSの原則」

日本の労働生産性は、国際的にみてもかなり低く、中でも医療福祉分野が低いことがわかりました。
それでは、労働生産性を向上させるには、具体的にどのようにすればいいでしょうか。
ここでは労働生産性向上のきっかけを考えるために、業務改善の前提となる基礎知識として、日本産業規格による生産管理用語を紹介したいと思います。
生産管理用語は主に製造業の生産現場で用いられるものですが、医療現場でも活用できるかも知れません。
「5S」:職場の管理の前提
「5S」とは、「職場の管理の前提となる整理,整頓,清掃,清潔,しつけ(躾)について,日本語ローマ字表記で頭文字をとったもの」と定義されています。
- 整理
必要な物と不必要な物に区別し、不必要な物を片付けること - 整頓
必要な物を使いやすい場所に準備しておくこと - 清掃
身の回りの物や職場を掃除して、いつでも使えるようにすること - 清潔
➊~➌を維持し、きれいでわかりやすい状態を保つこと - 躾(しつけ)
職場のルールや規律を必ず守り、習慣づけること
「3S」:⽣産の合理化の基本原則
「3S」とは、「標準化,単純化,専門化の総称であり,企業活動を効率的に行うための考え方。」と定義されています。
- 単純化(Simplification)
製品・材料・部品の整理、業務工程の見直しで、生産を単純化すること - 標準化(Standardization)
一定の基準に従い、材料や方法を統一して標準的にすること - 専門化(Specialization)
品種の限定や、作業の分担等で専業化を図ること
「ECRSの原則」:改善の原則
「ECRSの原則」とは、「工程,作業,動作を対象とした分析に対する改善の指針として用いられる,E(eliminate:なくせないか),C(combine:一緒にできないか),R(rearrange:順序の変更はできないか),S(simplify:単純化できないか)による問いかけ。」 と定義されています。
- 排除(Eliminate)
なくせないか? - 結合(Combine)
一緒にできないか? - 交換(Rearrange)
順番を変えられないか? - 簡素化(Simplify)
簡単にできないか?
医療現場で実践したい生産性向上の手順を解説
それでは実際に、前項で紹介した「5S」、「3S」、「ECRSの原則」などを念頭に置いて、医療現場で実行できそうな労働生産性向上の手順について考えてみたいと思います。
生産性向上に向けた6つのステップ
医療現場の生産性向上を図るために考えられる手順をまとめると、以下のとおりとなります。
- 業務の棚卸、業務プロセスの「見える可」
- 業務プロセスの分析・改善
- 業務のDX化
- ノンコア業務の外注化
- 労働環境、処遇の見直し・改善
- スタッフの能力開発
6つのステップ:その取組内容とは
まずは、全ての業務の棚卸を行い可視化することから始めます。
「見える可」したあとは、「3S」、「ECRSの原則」等により、業務改善に向けた各業務プロセスの分析をします。
さらに、自動化が図れる業務はシステム導入を検討のうえDX化を進めます。今後AIがさらに医療の手助けになるかも知れません。
①②の段階でコア業務とノンコア業務の仕訳をしておきます。この段階では、ノンコア業務と判断した業務の外注化を進めていきます。
作業環境の整備やスタッフの処遇改善を図り、士気を高めます。
スタッフの研修制度を充実させ個々の能力を伸ばし、業務スピードや質を向上させます。
労働生産性向上がもたらすメリットとは
前述した生産性向上の手順に従い業務改善の取組を進めた場合、医療現場にはどのようなメリットが得られるでしょうか。
考えられるメリットとして、以下の3点が挙げられます。
- 収益の向上
- コスト削減
- ワークライフバランスの推進
メリット➊:収益の向上
コア業務への経営資源の集中投下が可能になり、延患者数増、診療単価向上により収益性改善が期待できます。
メリット➋:コスト削減
ノンコア業務の外注化や一人当たりの時間外労働の減少、人員減を図ることで、人件費の削減が期待できます。
メリット➌:ワークライフバランスの推進
人手不足が解消することにより、スタッフの残業が減り、家庭で過ごす時間が長くなります。有給休暇の取得も進み、心身ともに健康が増進し、院内全体の生産性向上が期待できます。
なお、以下の記事では看護師におけるストレスマネジメントの方法について取り上げていますので、是非ご参考ください。

できることから始めていく
前項まで医療機関における労働生産性向上の手がかりや手順、また労働生産性向上によるメリットについて確認してきました。
それでは、実際に現場で業務改善に取り掛かろうと思ったときに、どのようなことを意識すべきなのでしょうか。
ここでは、そのポイントについて考えていきたいと思います。
業務改善は小さな取組の積み重ね
医療業の運営にはとても複雑な要素が絡みますので、製造業と同じ手法で業務改善ができるほど簡単ではありません。
しかし、「5S」・「3S」・「ECRSの原則」などは、あらゆる現場で活用できる職場改善の活動となります。もちろん医療現場においても何らかのヒントになり得ると考えます。
業務改善で大事なことは、どんなに小さなことでもとにかくできることから始めてみることです。
医療現場ではこの「スモールチェンジ」の考え方が有効になると考えます。ハードルの低い身近なところから手を付ける方が、現場スタッフの負担は軽くなり受け入られやすくなるメリットがあります。ハードルが低い分、改善の取組が継続しやすくなると言えるでしょう。
最初の小さな課題が達成できたら、次はもう少し難しい課題へと取り組みを変えていく。これが現場に改善活動を定着させる重要なポイントになります。
小さなことを一歩一歩着実に進めていくことで改善の軌道に乗っていきます。PDCAにより改善活動を繰り返した先には、効率的に業務が遂行される生産性の高い職場が実現されることでしょう。
病院機能評価や働き方改革がベースになる
病院機能評価受審の取組
病院の場合は、病院機能評価の受審が業務改善のきっかけになると言えます。
病院機能評価の受審をクリアするためには、医療現場に様々な課題が突きつけられます。
これらの課題解決を進めていくには、まず身の回りの業務マニュアルの見直しや「5S」の徹底を図ることなど、できることから始めていくことが求められます。
働き方改革の取組
そして、病院機能評価受審と併せて重要な業務改善のきっかけになる取り組みに、職員の働き方改革があります。
2024年4月から医師の働き方改革が始まり、多くの医療機関が医師の負担軽減や労働時間短縮のために、現場の改善活動の必要に迫られています。
やはり、労働生産性向上のベースは働き方改革になるのかも知れません。
各医療機関では勤務時間管理の徹底やタスクシフト・タスクシェアを進めていると思いますが、これらの取組こそが直接労働生産性向上につながり得る現場の改善活動の一つと言えるでしょう。
医師の働き方改革に関しては、以下の記事で詳しく解説していますので是非ご参考ください。

まとめ
地域医療の支え手である各医療機関が働き方改革を継続的に進め、生産性向上が実現できれば、スタッフのワークライフバランスの推進を図ることができます。
そうすれば、職場に対するスタッフの満足度が向上し、患者満足度も向上していくでしょう。
今回の記事が、個々の医療機関の生産性向上のきっかけになれば幸いです。
