2024年4月から、医師の働き方改革の運用がスタートしました。
2024年度は、診療報酬と介護報酬の同時改定が重なった影響もあり、医療現場は大変な苦労を強いられていることだと思います。
医師の働き方改革については、開始直後から様々な議論が挙がっているところですが、そんな中でも、適切に勤務環境改善に取り組む病院も少なくないと思います。
今回は、医師の働き方改革開始直後から課題とされていることや働き方改革の好事例を紹介し、その具体的対応策について考えていきたいと思います。
医師の働き方改革とは?ポイントを確認
本題に入る前に、そもそも医師の働き方改革とはどのようなものなのか、ポイントを抑えていきたいと思います。
ここでは、いきいき働く医療機関サポートWeb「いきサポ」で掲載されている「医師の働き方改革~患者さんと医師の未来のために~」を参考に基本事項を紹介します。
参考:いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)
「学ぶ」・「話す」・「作る」を叶える!医師の働き方改革解説スライド「医師の働き方改革~患者さんと医師の未来のために~」より筆者まとめ
1.日本の医療と医師の働き方
医師の働き方改革が必要な背景・経緯
はじめに、医師の働き方改革が必要となる背景や経緯についてポイントを確認したいと思います。
- 日本の医療は、「いつ、どこにいても必要な医療が受けられる社会」を作り上げてきた。
- 「いつ、どこにいても必要な医療が受けられる」社会は、医療者の中でも特に、一部の医師の極めて長時間の労働によって支えられているのが現実。
- 長時間労働によって医師が体と心のゆとりが持てない状態では、患者に不安を与えかねない。
- 睡眠時間が短く、疲労がたまった状態では、判断力が鈍り、医療事故につながる可能性もある。
- 地域における高齢者が増加することで医療需要が高まっていく。
- 生活習慣病やがんなどの集学的治療の割合が高まるなど医療ニーズが変化していく。
- 少子化による人口減少社会でマンパワーの確保が困難、医療人材の確保や医師の偏在が課題に。
- 高齢者の増加によって患者の治療により時間と人手がかかるようになる。
- 医師は生涯修練が求められる職業
- 最新の高度化した医療提供の「担い手」としての修練にはこれまで以上に年月がかかることも想定される。
- 地域に必要とされる医療を守り続けるには、医療の担い手がより持続的に医療を提供できるような社会の実現が必要。
- そのためには、医療分野でも、時間の制約のない働き方ができる人だけで業務を行うようなやり方を見直しが必要。
- 子育て中の方々や高齢な方々など、多様な環境にある医療従事者が活躍しつづけるために、働きやすい環境を作っていくことが大切。
医師の働き方改革によるメリット
医師の働き方改革には、以下のとおり医師だけではなく患者へのメリットも当然考えられます。
- 医師にとってのメリット
-
- 前日の勤務から翌日の勤務までの間のインターバルが確保されることで、必要な休息をとれるようになる。
- 医療現場全体でのタスク・シフト/シェアを推進することで、医師にしかできないより専門的な業務に集中できるようになる。
- 患者にとってのメリット
-
- 医師の健康が確保されることで、医師の作業能力が適切に維持され、インシデント、アクシデントの発生が抑えられるようになり、より安心・安全な医療が受けられる。
- 医療従事者それぞれの専門性を活かした医療提供システムが形成されることで、患者個々の状況にあわせた医療サービスの提供が進み、結果としてその患者にとっての質の高い医療が受けられる。
2.基本的な労働法制
ここで医師に関する基本的な労働法制を確認しておきたいと思います。
- 医師も雇用されている勤務医であれば労働者であり、労働基準法が適用される。
- 労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことであり、明示・黙示にかかわらず、使用者の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間にあたる。
- 診療をしている時間だけが労働時間というわけではない。
- 業務に必須の準備や後処理を行う時間は、基本的には労働時間に該当する。
・着用を義務付けられた服装への着替え
・診療前後のカルテ確認
・申し送りの時間 など
3.宿日直許可
宿日直許可の取得は、医師の働き方改革を進めていくうえで非常に重要なポイントとなります。
以下のとおり宿日直許可の考え方についてまとめましたのでご参考ください。
- 医療法上の規定で、病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。
- 原則は、宿直中の手待ち時間であっても労働時間に含まれる。
- 「宿日直許可」を受けている場合は、その宿日直に携わる時間は、例外的に労働基準法上の労働時間についてのルールが適用されない。
- 突発的な応急患者の診療の時間など、許可を受けた宿日直中に通常の勤務時間と同様の業務に従事する時間は、許可の効果が及ばず、労働基準法の適用がある。
- 宿直が労働時間に含まれるかどうかは、勤務する医療機関の「宿日直許可」の有無によって異なる。
- 労働基準監督署による宿日直許可の基準
・常態として、ほとんど労働する必要のない勤務であり、通常の労働の継続ではないこと
・問診等による診察など、特殊の措置を必要としない軽度又は短時間の勤務であること
・夜間に十分睡眠がとり得ること
4.研鑽
医師の研鑽による時間が労働時間に含まれるのかどうかも、医師の働き方改革で重要なポイントのひとつになります。
以下のとおり研鑽の考え方についてまとめましたのでご参考ください。
- ”研鑽”であっても上司等の明示・黙示の指示があるものの場合には、労働時間に該当する。
- “研鑽”の時間も含めて、医療機関で過ごしている時間が全て労働時間になるわけではない。
- 労働時間に該当するかどうかは、使用者の指揮命令下に置かれているかどうかによる。
- 自らの知識の習得や技能の向上のために行う研鑽のうち、診療等の本来業務と直接の関連性がなく、上司等の明示・黙示の指示無く行われるようなものであれば、医療機関にいる時間であっても労働時間には該当しない。
- 上司等の明示・黙示の指示によって行われるものであれば、所定労働時間外に行われるものでも労働時間に該当する。
- 一般的に研鑽に当たると判断されるものの具体例
・診療ガイドラインや新しい治療法等の勉強
・自主的な学会・院内勉強会等への参加・準備、専門医の取得・更新に係る講習会受講等
・宿直シフト外で時間外に待機し、手術・処置等の見学を行うこと
5.労働時間
ここでは労働時間について、基本的なルールとなる原則と、医師に適用される特別則を分けて確認したいと思います。
労働時間の原則
- 勤務医も労働者である以上、労働基準法で1日や1週間の中で労働時間の上限が決まっている。
- 法定労働時間は、1日で8時間、1週間で40時間まで。
- 法定休日は1週間に1日以上。
- やむを得ずこのルールを超える場合には、労働者と医療機関との間で予め協定(36協定)を締結しておく必要がある。
- 36協定を締結する場合でも、「無制限に時間外労働や休日労働ができる」という内容の協定を結ぶことはできない。
- この場合、時間外労働や休日労働の上限を定めて協定を締結することになる。
- 医療機関との間で締結される36協定においては以下が定められている。
・時間外・休日労働を行う業務の種類
・1箇月、1年に延長することができる上限時間
・休日労働の上限回数
医師の労働時間の特別則
- 基本的なルールとなる労働時間の原則に加え、2024年4月から医師の働き方についての新しいルールが始まった。
- 働き方改革を進める中でも引き続き地域の医療を守ることができるよう、医師の労働時間については、一般的な労働者のルールよりも上限が高く設けられ、特別なルールとなっている。(後述)
- 特別なルールの中には、医師の健康を守るためのルールも併せて設けられている。(後述)
6.医師の健康を守る働き方の新ルール
前項で労働時間について確認しましたが、医師は目の前の患者のためにどうしても長時間勤務が必要になる場合もあります。
引き続き医師による良質な医療提供を担保するために、勤務医の健康を守るための新しいルールが設けられました。
医師の労働時間の上限に関わる適用水準
診療に従事する医師は、時間外・休日労働時間の上限時間について、資料のいずれかの水準が適用されるようになりました。
※複数の医療機関で勤務する場合は、労働時間を通算して計算する必要があります。
水準 | 長時間労働が必要な理由 | 年の上限時間 |
A水準 | (臨時的に長時間労働が必要な場合の原則的な水準) | 960時間 |
連携B水準 | 地域医療の確保のため、派遣先の労働時間を通算すると長時間労働となるため | 1,860時間 (各院では960時間) |
B水準 | 地域医療の確保のため | 1,860時間 |
C-1水準 | 臨床研修・専攻医の研修のため | 1,860時間 |
C-2水準 | 高度な技能の修得のため | 1,860時間 |
- 2024年4月から、診療に従事する医師の場合、年間の時間外・休日労働時間の最大の上限として、A水準、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準のいずれかの水準が適用される。
- それぞれの水準ごとに、36協定で定めることができる時間外や休日労働の上限時間についても、年単位での上限がある。
- 複数の医療機関で勤務している医師の場合、この上限時間を計算する上では、それぞれの勤務先での労働時間を通算して計算する。
- 適用水準よらず、月に100時間未満という時間外・休日労働の上限がある。
- この上限については、後述する“面接指導”を実施した場合、例外的に適用されない。
- A水準以外の特例的な水準を適用するためには、都道府県に医療機関単位で水準の指定を受ける必要がある。
- 対象となる医師を特定することで、その医師のみ特例的な連携BやB、C水準が適用される。
医師への面接指導
勤務医の健康を守るための新しいルールの1つ目として、長時間労働が見込まれる医師への面接指導が設けられました。
- 時間外・休日労働時間が月100時間以上となることが見込まれる医師には、面接指導が実施される。
- 面接指導では、所定の講習を受けた面接指導実施医師が、睡眠や疲労の状況を確認する。
- 面接指導の結果、休息が必要と認められる場合には、必要な就業上の措置が講じられる。
勤務間インターバル
勤務医の健康を守るための新しいルールの2つ目として、長時間労働が必要になる場合でも、適切な休息を確保するための勤務間インターバル制度が設けられました。
- 長時間勤務の中でも十分な休息時間を確保するための制度として、勤務と勤務の間に休息時間を設ける「勤務間インターバル」に医師に特化したルールが設けられた。
- 心と体の健康を守るためには、前日の勤務から翌日の勤務までの間、連続した休息期間を確保し、仕事から離れることが重要。
- このため、勤務間インターバルのルールでは、休息時間を細切れに取ることは認められていない。
- 長時間労働となる医師については、始業から24時間以内に9時間のインターバルを設ける必要がある。
- 9時間のインターバルの間は、原則業務から離れている必要がある。
- 宿日直許可のある宿日直に連続して9時間以上従事する場合には、休息が確保できたとみなし、勤務間インターバルに当てることができる。
- 宿日直許可のない宿日直に従事する場合については別の基準が設けられており、その場合には46時間以内に18時間以上のインターバルを確保することとされている。
- シフトを作成する時点で、適切な休息時間が確保できるよう、インターバル時間を設定する必要がある。
- シフト作成時点で規定のインターバル時間が確保できていないものは認められない。
- シフト上はインターバルで休息をとる予定だった時間であっても、急変対応など緊急で業務が発生した場合は対応することが可能。
- 勤務間インターバル中の緊急対応には、対応した時間に相当する時間分の休息が代償休息として事後的に与えられる。
- 代償休息は、発生日の翌月末までを期限に与えられる。
- 代償休息が発生した場合、発生からなるべく早い段階で代償休息を付与することや、計画的に付与できるよう、勤務を調整するなどの配慮が必要となる。
7.副業・兼業
医師が副業・兼業をする際に必要なことを抑えておくことも、医師の働き方改革を進めるうえで重要な項目となります。
- 複数の医療機関で勤務している医師の場合、副業や兼業先での労働時間・勤務先・勤務内容などを、主に勤務している医療機関に対して事前に自己申告しておくことが好ましい。
- 時間外労働や勤務間インターバルのルールを適切に運用するためには、各勤務医の勤務時間の正確な把握や適切なシフト作成が重要となる。
- どの勤務先でも最適なパフォーマンスが患者に提供されるように、労働時間を含む自分の仕事内容をそれぞれの勤務先にシェアして、突然の自分の欠勤にも対応できるような「助け合える」体制を整えることが大切。
8.タスクシフト・タスクシェア
最後は、タスクシフト・タスクシェアに関して確認したいと思います。
タスクシフト・タスクシェアは、医師の業務負担を他の職種に分散し、医療機関全体で働きやすい職場環境をつくるために重要な項目となります。
- 医療機関では、医師だけでなく様々な職種が働いている。
- 全ての医療専門職がそれぞれの専門性を活かし、パフォーマンスを最大化することが大切。
- 専門性を活かした「タスク・シフト/シェア」により、効率化が進めば、患者にとってもより質の高い医療提供にもつながる。
- タスク・シフト/シェアにあたり、特定行為研修を受けた看護師であれば、診療の補助の一部を担うことができる。
- 特定行為研修修了者が実施することのできる特定行為として、38の行為が定められている。
- 特定行為を受けた看護師が行うことができる特定行為
・直接動脈穿刺法による採血(動脈血液ガス分析)
・経口用気管チューブの位置の調整
・中心静脈カテーテルの除去
・硬膜外カテーテルによる鎮痛薬の投与および投薬量の調整 等 - 特定行為研修修了者以外では、臨床検査技師であれば現行の制度の下でも、医師の具体的指示があれば診療の補助として病棟や外来での採血業務が可能。
- 薬剤師であれば、病棟や手術室での薬剤管理や薬物療法に関する患者への説明が可能。
- 診断書の下書きや症例データの登録、患者の搬送などは、医師事務作業補助者等の職員が行うことも可能。
医師の働き方改革開始当初から見えた問題点とは
医師の働き方改革の施行前から、多くの医療機関がその対応に追われ、2024年4月にいよいよ運用が本格的にスタートしました。
ここでは、医師の働き方改革スタート直後に見えてきた問題点について探っていきたいと思います。
開始当初はネガティブな問題点の指摘あり
医師の働き方改革が運用スタートしてから約2ヵ月経過した時点において、以下のような声がメディアから聞こえてきました。
- 宿日直制が原因で、改定後の施設基準を満たせなくなった大学病院が半数近く出ている
- 勤怠管理強化のため、ある大学病院が年間数億円のコスト増を図る
- 宿日直許可が名ばかりの懸念があり、日勤帯と同様の勤務実態も多い
このように、医師の負担軽減が目的の制度でありながら、スタートはネガティブな問題点の方が多く挙げられているようです。
“ホワイト”と“ブラック”の二極化で、医師の流出の懸念も
日経メディカル Online2024年6月18日号では、『リポート◎”名ばかり宿日直”の放置が招く「ホワイト」と「ブラック」の二極化』と題し、主に以下について記事を掲載しています。
- 地域の医療提供体制を堅持するために、多くの医療機関が宿日直許可を取得した
- 表向きは静かな滑り出しも、その裏では医師から不満がくすぶっている
- 働き方改革をきっかけに、病院間格差が広がる可能性あり
- 「名ばかり宿日直」を脱するための、実効性のある方策
➌に関しては医師の働き方改革で多くの病院のサポートをしてきた、福島通子・特定社会保険労務士がこのようにコメントしています。
ここでの”ホワイト”とは、本格稼働に向け数年前から準備を進め、労働環境の改善を続けている医療機関、と伝えています。
それに対し“ブラック”とは、宿日直許可は取得したが、見かけの労働時間だけを気にしている医療機関、と伝えています。
そして、「“ホワイト”と“ブラック”の二極化」が進むことにより、今後、病院から医師が流出する可能性もある、と警鐘を鳴らしています。
- ”ホワイト”
-
本格稼働に向け数年前から準備を進め、労働環境の改善を続けている医療機関
- “ブラック”
-
宿日直許可は取得したが、見かけの労働時間だけを気にしている医療機関
こうした病院間格差を生じさせかねない宿日直許可の対応については、以下の記事で詳しく紹介していますのでご参考ください。

日経メディカル Online2024年6月18日号より引用
「名ばかり宿日直」が招くリスクは他にもある
いわゆる「名ばかり宿日直」が医師の流出も招きかねないことは前述したとおりですが、さらに日経メディカル Onlineでは、診療体制維持を目的とした実態の伴わない宿日直を放置していると、別のリスクも出てくる可能性があると伝えています。
①医師から労働基準監督署へ訴えが入るリスク
前に紹介した福島特定社労士は、勤務先の名ばかり宿日直を医師が労働基準監督署に訴えたケースもあると聞いている、とコメントしています。
こうした勤務医による行政機関への直接の訴えは、医師のみならず職員全体と医療機関との関係性悪化を招き、地域医療の維持に悪影響を及ぼす可能性も否定できないでしょう。
②宿日直許可取り消しのリスク
さらに福島特定社労士のコメントは続きます。
具体的に想定できるのは、医師から宿日直の実態について労基署へ申告が入れば、立入調査となる。その結果次第では医療機関に対して是正勧告が出されることもあり、長期間改善が見られない場合、宿日直許可取り消しの可能性もある、とも伝えています。
労働基準監督署による是正勧告によって、医療機関に与える財務上の影響は想定できますが、それ以上に「ブラック病院」のレッテルが貼られることによる風評被害の方が、医療機関の経営に与えるインパクトが大きいでしょう。
「ブラック病院」のレッテルにより、スタッフの定着は非常に困難になります。離職が離職を呼ぶ状況が続き、募集しようにもスタッフが集まらず、病棟閉鎖や診療科の縮小に至るケースが想定されます。
早期の実態把握と改善措置が求められる
自院の医師による内部告発から労働基準監督署による調査、是正勧告、そして宿日直許可取消。
前述したこれらのリスクは、多くの医療機関が恐れていることだと思います。
すでに院内から意見が出ている場合は、真摯に耳を傾けて、早急に実態把握と改善措置を講じる必要があるでしょう。
現状ではまだ静観ムードであっても、周りの医療機関の情報が耳に入り、多くの医師から一気に不満噴出ということも想定できますので、早期の実態把握が求められます。
なお、働き方改革等の対応に関して内部人材でお困りの医療機関においては、社会保険労務士等の外部の専門家に相談することもひとつの方策だと思います。以下の記事で、社会保険労務士の活用方法について紹介していますので是非ご参考ください。

医師の働き方改革の好事例を紹介
これまで、医師の働き方改革に関する基本事項から運用開始当初に指摘された問題点についてみてきました。
それでは、実際に適切に医師の働き方改革の運用を図るには、一体どうすればいいのでしょうか。
ここでは、施行前から医師の働き方改革に意欲的に取り組んできた2件の医療機関の事例を紹介したいと思います。
今回紹介する事例は、医師の働き方改革を推進するうえで胆とも言える
- 勤務時間管理システムの導入
- タスクシフトの導入
の2つの事例をまとめましたので、是非ご参考ください。
事例➊:勤務時間管理システムの導入
最初に紹介するのは、勤務時間管理システムの導入に関する事例です。
本事例は、勤務時間管理システムの導入事例として紹介していますが、システム導入に伴い効率的に医師のタスクシフトまで実現させた事例となります。
- 医療機関の概要
- 施設名:公益財団法人星総合病院(福島県)
- 病床数:415床
- 職員数:792名(令和2年)
- 取組の経緯
- 2024年4月の医師労働時間上限規制が決まり、時間外労働時間を削減するために医師事務作業補助者の採用やタスクシフティングを進めていた。
- 一部の医師の時間外労働による過重労働が常態化しており、時間外労働時間の管理もされていなかった。
- 法人全体で職員の勤怠管理をタイムカードから勤怠管理システムを変更することとなり、実態に即した勤怠管理をできるように検討を始めた。
- 取組の中心
- 働き方改革委員会
- 取組内容
- 勤怠管理システムの導入に向け委員会を立ち上げた:
実態ベースで医師の勤務時間を把握するために、どこにレシーバーを設置すべきか検討。他業種の導入実績を参考にし、職員の出入り口よりも現場(病棟や医局)に近い場所に複数のレシーバーを設置する運用で進めた。 - 勤怠管理システムを用い医師の勤務時間を把握した:
勤怠管理システムを用い診療科別・医師別の勤務時間データを働き方改革委員会で情報共有した。超過勤務の要因を確認し働き方改革の進め方について検討を進めた。 - 週休二日制の導入:
医師の働き方改善に向け、勤務時間データや患者数データを用いて週休二日制(土日休診)にすべきか判断した。 - 効率的かつ効果的に医師事務作業補助者を採用:
勤務時間データを用い、勤務時間が長い診療科を優先して医師事務作業補助者の採用を進めたことで効率的にタスクシフティングが進められた。
- 実施後の効果
- 医師一人当たりの時間外労働時間が減少した。
428時間(2019年)⇒ 400時間(2020年) - 医師一人当たりの有給休暇消化率が増加した。
25%(2019年)⇒ 28%(2020年) - 医師数が増加した。(短時間正規雇用医師の活用)
83人(2019年)⇒ 87人(2020年)⇒90人(2021年)
- 院内の声
- 民間の医療機関ながら週休二日制。医師にとって働きやすい職場。
- 効率的なタスクシフティングにより医師として専門性を発揮できる環境にある。
引用:いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)
「勤怠管理システムを用いて医師の労働時間を把握したうえで生産性の向上を目指した取組と医師事務作業補助者の配置多職種連携による業務分担(タスクシフト)した取組」より筆者まとめ
事例➋:タスクシフトの導入
次に紹介するのは、タスクシフトの導入に関する事例です。
本事例は、医師のタスクシフトを進めるうえで、特定行為看護師と医師事務作業補助者の活用を充実させた事例になりますが、ここでは、医師事務作業補助者に対するタスクシフトに焦点を絞って紹介します。
- 医療機関の概要
- 施設名:若草第一病院(大阪府)
- 病床数:230床
- 職員数:483名
- 取組の経緯
- 取組のきっかけは医師待ちの解消。医師がする必要がない業務を分散させるのが目的だった。
- 医師の業務負担状況を確認したうえで、職員の専門性を活かす方針を示した。
- 調査の結果、書類作成およびエキスパートナースが行える診療行為が該当。
- 医師事務作業補助者の「教育・研修・研究」体制構築を進めた。
- 取組内容
- タスクシフトを推進するチームを編成。
- 医師以外の専門職が行う方が迅速で適切な業務を分析し、タスクシフトする業務の選定を行った。
- 調査の結果、書類作成およびエキスパートナースが行える診療行為が該当した。
- 医師事務作業補助者の「教育・研修・研究」体制構築を進めた。
- タスクシフトしている業務
- 外来での診療補助(電子カルテの代行入力・診療・検査予約等)
- 医療文書の作成補助(各種診断書・紹介状・退院時要約等)
- 診断データの登録・報告等の補助(がん登録・各症例登録等)
- クリニカルパス関連管理業務補助(パスに従い検査・投薬の代行入力等)
- 継続的な取り組み実施のための施策
- 医師事務作業補助者の自立に向けたサポート体制を構築し、担当医師と看護師のサポートで不明点があれば適時確認できるようにした。
- 当院における医師事務作業補助者の役割を理解、促進するため、医療秘書課長と医師のサポートにより研究発表の機会を与えて、質の向上に努めている。
- タスクシフトを進めるうえでの課題と対応方法
- 採用される医師事務作業補助者の多くは事務作業のスキルはあるが医療に関する知識がない。
- 医師事務作業補助者向けの勉強会を開催し医療の知識の養成を図るとともに、専門分野を作ることで書類作成に関するエキスパートとして活躍の場を与えている。
- 実施後の効果
- 多忙な医師を待つことなく、迅速かつ丁寧で正確なサービスをタイムリーに提供することができるようになった。
- 患者の「受付診療・診療会計・滞在時間」に対し長いと感じた割合が大幅に減少した。
受付診療12.2%⇒3.7% 診療会計15.5%⇒2.7% 滞在時間15.8%⇒7.9% - 待ち時間の減少により患者の満足度が向上した。
- 院内の声
- 患者に向き合う時間が増え、医療の質の向上につながった。(医師)
- チーム医療推進への貢献をとおしてやりがいの向上につながった。(医師事務作業補助者)
引用:いきいき働く医療機関サポートWeb(いきサポ)
医療勤務環境改善の取組紹介動画「医師業務をタスクシフトした事例(若草第一病院)」より筆者まとめ
その他の好事例も項目別に紹介
前項では、具体的な医療機関に絞って医師の働き方改革の好事例を紹介しました。
ここでは、日経メディカル Online2024年6月18日号に掲載されている「宿日直許可基準を守りながら、適切に働き方改革を進めている」医療機関の好事例について、項目別に列記して紹介したいと思います。
- キーパーソン
- 収入面の不満軽減
- 医療安全を確保するためにシフト作成を工夫
- 業務負荷の軽減
- 患者理解の促進
➊キーパーソン
働き方改革の推進が成功するか否かは、取組のキーパーソンとなる人物にかかってくると言っても過言ではないでしょう。
キーパーソンの選定や役割に関して、適切に進めている事例を3点紹介します。
- 診療科長以上の医師を働き方改革のキーパーソンにする。
- キーパーソンは勤務医の働き方に関する質問を受けたり、新しい勤怠システムや働き方の院内ルールの周知などを行う。
- 個人面談を実施し、勤務医の正確な労働時間(外勤の有無、外勤先の宿日直許可取得状況、外勤先での労働時間を含む)などを把握する。
➋収入面の不満軽減
宿日直許可を取得したことで、医師の手取り額が減少したとの意見もあるかも知れません。
宿日直許可基準を守りながら適切に運用を進めるためには、担当した医師への経済的インセンティブの付与も検討する必要がありそうです。
- これまでの手当額を維持するため、宿日直中に日勤帯同様の業務が発生した場合でも足りる額の手当を支給する。
➌医療安全を確保するためにシフト作成を工夫
医師の過重労働による医療事故は絶対に避けなければなりません。それは、医師の働き方改革のそもそもの目的でもあるでしょう。
医師の負担軽減を図るとともに現場の医療安全を確保するために、医師の勤務シフトの作成段階で工夫している医療機関の事例を3点紹介します。
- 1~数か月のシフトをあらかじめ開示し、変更が生じた場合、医師本人あるいは医師事務作業補助者が追記する。上長が1週間ごとにシフト表を確認し、調整する。
- 手術など集中力を要する業務の前日は宿日直を予定しないなどのシフト面で配慮
- 代償休息を自動的に組み込むシステムの導入
❹業務負荷の軽減
医師の業務負担を減らすには、医師の数を増やす必要があります。しかし、現状では医師の地域偏在や診療科の偏在の影響もあり、多くの医療機関で医師不足が生じています。
医師の数が増やせないなら、業務自体を減らすか、業務の切り分けや移管を進めることになります。下記の事例は診療体制の縮小や地域連携による医療機関同士でのタスクシフト、タスクシェアを行っている事例となります。
- 病院における土曜の外来を半日に縮小または廃止する。同時に近隣のクリニックと協力関係を結び、隔週や順番性で土曜の外来を受け持ってもらう。
❺患者理解の促進
医師の働き方改革は、医療機関側の努力だけでは到底うまく進めることはできないでしょう。医療機関における真の働き方改革には、患者側の意識改革も必要不可欠となります。
そのためには、下記の事例のような地道な啓発活動が重要になるのかも知れません。
- 院内に医師の働き方に関するポスターを掲示し、患者理解を促す。
医師の働き方改革の具体的な対応策
前項では、実際に医療機関が現場で推進している医師の働き方改革の好事例を取り上げました。
ここでは、紹介した事例も踏まえながら医師の働き方改革の具体的な対応策について考えたいと思います。
- キーパーソンはできれば副院長もしくは院長で
- シフト作成は少なくとも3ヶ月先を見越して作成
- 院内掲示で患者への理解促進を
- 院長から全職員へ継続的なメッセージを
対応策➊:キーパーソンはできれば副院長もしくは院長で
多くの医療機関では、委員会やワーキングチームを組んで、その委員長などをキーパーソンとして準備してきたのではないでしょうか。
筆者の個人的な意見で言うと、キーパーソンは院長か副院長クラスが適していると思います。
診療科の垣根が低い医療機関であれば、診療科長クラスでもいいかも知れません。
しかし、院内全体の統制を考えると、よりトップダウンに近い体制をしいて断行していくことが望ましいと考えます。
医師に対する説明等も、キーパーソン自ら行うことを原則とした方がうまく進みます。もし、未だに事務任せの医療機関があれば、副院長以上へのキーパーソン設定をお勧めします。
対応策➋:シフト作成は少なくとも3ヶ月先を見越して作成
医師の勤務スケジュール作成は、働き方改革を適切に進めるうえで土台となるものです。
医師の負担軽減と医療安全の確保を実現させるためにも、勤務表や宿日直予定表、検査や手術予定は、少なくとも3ヶ月先を見越して作成する必要があります。
先に紹介した好事例のなかにも、「1~数か月のシフトをあらかじめ開示し…上長が1週間ごとにシフト表を確認し、調整」という事例がありました。
未だ月単位で作成している医療機関は、勤務調整が後手に回る可能性が高くなります。気づいた時には年度終盤となり、取り返しがつかなくなりますので、早めの対策が必要です。
対応策➌:院内掲示で患者への理解促進を
いくら医師や医療機関が工夫して働き方の取組を進めたとしても、患者側の意識が何も変わらなければ、コンビニ受診は減らず、医師の負担は軽減されません。
先の好事例でも説明したように、患者や地域住民への地道な啓発活動が医師の働き方改革を真に成功させるために必要不可欠な取組になると考えます。
以下のとおり患者啓発用の院内掲示ポスターが厚労省から示されていますので、是非活用していただくことをお勧めします。
厚生労働省ホームページより引用
対応策❹:院長から全職員へ継続的なメッセージを
医師の働き方改革を成功させるには、システム頼みではなく「スタッフの意識改革」がその前提にあると考えます。
いくら勤務時間管理システムを導入して医師の勤務時間を可視化できたとしても、実際に医師の業務負担が減り、全職員にとって働きやすい職場づくりが進まなければ本来の目的が達成できたとは言えないでしょう。
医師の働き方改革の本来の目的は、過重労働から医師を守ることにあります。
現時点で医師の働き方改革の運用を適切に進めている医療機関においても、トップから全職員へ働き方改革の本来の目的も含めて継続的なメッセージを発信し、全職員に働き方改革を浸透させ続けることが重要だと言えます。
まとめ
これまで、医師の働き方改革の課題や具体的な医療機関の好事例を紹介しながら、その具体的対応策についてに考えてきました。
すでに多くの医療機関が働き方改革の運用を進めていると思いますが、今後も好事例の情報が入りましたら、随時共有していきたいと思います。
今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

