2024年4月から、医師の働き方改革の運用がスタートしました。
これにより、これまで青天井だった医師の時間外労働に、上限規制が課されることになりました。医療現場では、すでに医師の長時間労働が抑制される効果が出ていると思います。
その一方で、外勤に規制がかかることで収入が減ったり、経験を積みたい若手医師でも、上司の指示で帰らされたりするケースが出てきているのではないでしょうか。
この医師の働き方改革で、そもそも医師自身の仕事に対する考え方が変わった方も多いと思います。
今回は、医師のキャリア形成の考え方と必要な予備知識について解説したいと思います。
医師のキャリアに関する調査から実態を探る
まず始めに、㈱リクルートドクターズキャリアが行った医師のキャリアに関するアンケートを参考に、キャリアに関する意識の実態について確認したいと思います。(リクルートドクターズキャリア会員登録者へのインターネット調査。2018年1月実施。有効回答数231人)
年代別に考える「医師のキャリア」 – 医師求人・転職のリクルートドクターズキャリア (recruit-dc.co.jp)
医師にキャリア形成は必要だと思いますか?
まず、「医師にキャリア形成は必要だと思いますか?」という質問に対して、医師全体の回答結果が以下のとおり示されています。
●「はい」 87.9%
●「いいえ」 12.1%
このアンケート結果から、医師にもキャリア形成が必要と回答している医師が、9割近くもいることが確認できます。
10年後の仕事はどう変わっていると思うか?
次に、「10年後の仕事はどう変わっていると思うか?(複数回答)」という質問に対し、年代別で回答をまとめた結果が以下の表のとおりとなります。
30~38歳の年代ですでに、「退局」・「転職」・「臨床外へ転身」という回答が相対的に多くなっているのがわかります。
30~38歳 | 39~44歳 | 45~54歳 | 55歳~ | |
仕事内容の変化 | 55.8% | 52.3% | 44.9% | 45.1% |
主たる科目の変化 | 16.3% | 11.4% | 7.2% | 7.0% |
退局 | 18.6% | 15.9% | 8.7% | 8.5% |
転職 | 34.9% | 20.5% | 29.0% | 21.1% |
開業 | 11.6% | 11.4% | 7.2% | 4.2% |
臨床外へ転身 | 16.3% | 4.5% | 5.8% | 2.8% |
引退 | 4.7% | 0.0% | 7.2% | 22.5% |
その他 | 2.3% | 4.5% | 4.3% | 7.0% |
変化なし | 14.0% | 27.3% | 27.5% | 21.1% |
リクルートドクターズキャリア・年代別に考える「医師のキャリア」を基に筆者まとめ
10年後の収入、スキル、キャリアの希望は?
また、「10年後の収入、スキル、キャリアの希望は?」という質問に対する年代別の回答結果は、以下のとおりとなります。
30~38歳の回答を「収入」・「スキル」・「役職」で縦にみると、収入アップの希望が最も高くなっています。仕事量と診療上の貢献に比べて、現状の収入に満足していないのかも知れません。
30~38歳 | 39~44歳 | 45~54歳 | 55歳~ | |
①収入 | ||||
アップ | 81.4% | 72.7% | 43.5% | 19.7% |
現状維持 | 18.6% | 20.5% | 40.6% | 39.4% |
こだわらない | 0.0% | 6.8% | 15.9% | 40.8% |
②スキル | ||||
アップ | 72.1% | 61.4% | 46.4% | 22.5% |
現状維持 | 25.6% | 29.5% | 44.9% | 36.6% |
こだわらない | 2.3% | 9.1% | 8.7% | 40.8% |
③役職 | ||||
アップ | 53.5% | 43.2% | 24.6% | 4.2% |
現状維持 | 16.3% | 15.9% | 36.2% | 23.9% |
こだわらない | 30.2% | 40.9% | 39.1% | 71.8% |
リクルートドクターズキャリア・年代別に考える「医師のキャリア」を基に筆者まとめ
10年後の働き方の希望は?
「10年後の働き方の希望は?」という質問に対する年代別の回答結果は以下のとおりです。
10年後には仕事のペースを下げたいという回答が30~38歳で3割弱います。
39~44歳でも36.4%と「現状維持」の38.6%とほぼ変わらない結果が示されています。
30~38歳 | 39~44歳 | 45~54歳 | 55歳~ | |
今よりペースアップ | 39.5% | 25.0% | 20.3% | 14.1% |
現状維持 | 32.6% | 38.6% | 46.4% | 31.0% |
ペースダウン | 27.9% | 36.4% | 31.9% | 39.4% |
引退 | 0.0% | 0.0% | 1.4% | 15.5% |
リクルートドクターズキャリア・年代別に考える「医師のキャリア」を基に筆者まとめ
今後の仕事・キャリアのためにキャリアプランを考えているか?
「今後の仕事・キャリアのためにキャリアプランを考えているか?」という質問に対する年代別の回答結果は以下のとおりです。
30~38歳では、「長期のキャリアプラン」ができている医師が4割弱います。一方、その年代の約4分の1の医師は特に考えていないと回答しています。
それに対し39~44歳では、4割近くの医師がキャリアプランについて「特になし」と回答。「長期のキャリアプラン」を考えているのはわずか13.6%という結果になっています。
30~38歳 | 39~44歳 | 45~54歳 | 55歳~ | |
長期のキャリアプラン | 37.2% | 13.6% | 43.5% | 11.3% |
数年先のキャリアプラン | 32.6% | 34.1% | 20.3% | 19.7% |
次のキャリア | 7.0% | 13.6% | 5.8% | 18.3% |
特になし | 23.3% | 38.6% | 30.4% | 50.7% |
リクルートドクターズキャリア・年代別に考える「医師のキャリア」を基に筆者まとめ
今後の仕事・キャリアのために心がけていること、準備していることは?
最後に、「今後の仕事・キャリアのために心がけていること、準備していることは?(複数回答)」という質問に対する年代別の回答結果を紹介します。
30~38歳では、「仕事関連の動きや最新情報の把握」が72.1%、「転職準備」が23.3%と、他の年代に比べて顕著に多く回答していることがわかります。
それに対し39~44歳では、「仕事関連の動きや最新情報の把握」が52.3%、「転職準備」が11.4%と、他の年代に比べて最も回答が少ないことがわかります。さらに「特になし」の回答が15.9%もありました。
40歳前後の医師は、診療とマネジメント業務に追われて自身のキャリアを考える余裕が他の年代よりも少ないことが影響しているのかも知れません。
30~38歳 | 39~44歳 | 45~54歳 | 55歳~ | |
仕事関連の動きや最新情報の把握 | 72.1% | 52.3% | 56.5% | 56.3% |
スキル習得 | 51.2% | 45.5% | 50.7% | 25.4% |
専門医等の資格取得 | 51.2% | 36.4% | 30.4% | 19.7% |
学会活動や研究活動 | 25.6% | 22.7% | 23.2% | 18.3% |
ネットワークや人脈づくり | 39.5% | 31.8% | 24.6% | 25.4% |
転職準備 | 23.3% | 11.4% | 17.4% | 16.9% |
開業準備 | 7.0% | 0.0% | 4.3% | 1.4% |
その他 | 0.0% | 2.3% | 1.4% | 1.4% |
特になし | 0.0% | 15.9% | 10.1% | 25.4% |
リクルートドクターズキャリア・年代別に考える「医師のキャリア」を基に筆者まとめ
医師にキャリア形成が必要な理由とは?
医療制度の大幅な変更が影響
アンケート結果の回答を押し上げている理由のひとつとして、調査時点の直近十数年の間に、医師のキャリア形成に影響を及ぼす医療制度の大きな変更があったことが考えられます。
近年の医療制度の主な変更事項には、以下のようなものがあります。
- 2004年 新医師臨床研修制度開始
- 2018年 新専門医制度開始
- 2019年 医師の働き方改革推進検討会開始
➊新医師臨床研修制度開始
まず、2004年に新医師臨床研修制度が開始されました。
この新医師臨床研修制度の開始によって、大学の医局が主導する働き方から、一気に医師の働き方に多様化が生まれました。
➋新専門医制度開始
また、2018年には新専門医制度が開始されました。
この新専門医制度開始によって、研修施設の地域偏在の問題が顕在化しました。この影響もあり、医師が勤務地の問題を抱えるようになったと言われています。
➌医師の働き方改革推進検討会開始
そして、2019年に医師の働き方改革推進検討会が開始されます。
当時は、実態を問われない骨抜きのルールになるのでは、とたかをくくっていた医療関係者も少なくなかったと思います。しかし、医療現場に徐々に情報が伝わるにつれ、これは本気だと意識を変えざるを得なかったのを筆者も感じていました。
ついに2024年、医師の働き方改革が始まりました。医師は何より経験を積むことが大事だと言われています。勤務時間の上限が明確に示されたなかで、今までと同じ量の経験を積んでいくことは明らかに難しくなったと思います。
その状況下において、医師は自身のキャリア形成についてリアルに考え直す必要が出てきたのではないでしょうか。
仕事に対する価値観の多様化
働き方改革が進むなかで、社会全体がワークライフバランスを重視するようになりました。
他の一般職と同様、医師についても自身の働き方に対する考え方は以前より多様化していると言えます。
そうしたなかでは、今後、自身の望む医師像に向けた戦略的なキャリア形成が重要になります。
キャリア形成には時代の流れを読むことが大事
医師のキャリア形成を考えるときに忘れてはならないのが、医療制度の行方や社会の流れではないでしょうか。
現時点で考えられる大きな流れとして、以下のことが考えられそうです。
- 地域医療構想の進展
- 地域包括ケアの進展
- 医療AIの進歩
➊地域医療構想の進展
地域医療構想については、コロナ禍で一時休止していた感がありましたが、再び議論が進み始めているようです。
今後、地域医療構想の議論がさらに進むことによって、以下のことが想定されます。
➊地域医療構想の進展
⇒急性期から療養型へ病床がシフト
⇒勤務医の必要数に変化の懸念
➋地域包括ケアシステムの進展
人口動態の変化により、地域包括ケアシステムのさらなる推進が社会の課題とされています。
今後、地域包括ケアシステムの整備がさらに進むことで、以下のことが想定されます。
➋地域包括ケアシステムの進展
⇒病院から在宅へ患者がシフト
⇒在宅を担当する医師の需要増
➌医療AIの進歩
現在、世界的にAI技術が急速に発展している状況にあります。医療の世界でもすでに画像診断や手術支援などにおいてその技術が活用され、医師の負担軽減や医療の効率化に貢献しています。
今後、医療AIがさらに進歩することで、以下のことが想定されます。
➌医療AIの進歩
⇒画像診断や手術、検査のシステム化
⇒対面での患者対応力が問われる
医師のキャリア形成で必要な4つの手順
ここでは、医師のキャリア形成を考えるうえで必要となる手順についてみていきたいと思います。
具体的には以下の4ステップとなります。
- 必要な知識の習得からスタート(キャリアデザイン、キャリアドリフト、キャリアアンカー)
- キャリアアンカーで自己分析し、自身のタイプを認識する
- 自身のキャリアデザインをイメージし、設計して実行に移していく
- キャリアデザインと異なる業務にも異議を見いだし、将来の資源にする
➊必要な知識の習得からスタート
まず、自身のキャリア形成を考えていくうえで必要となる、以下の知識を習得します。
- 「キャリアデザイン」、「キャリアドリフト」、「キャリアアンカー」という考え方に着目する。
- 「キャリアデザイン」と「キャリアドリフト」の、両方を兼ね備えていきたい。その前提として自身の「キャリアアンカー」を認識しておくことが大事。
キャリアデザイン・キャリアドリフト・キャリアアンカーの関係性については、別の記事で取り上げていますのでよろしければお読みください。
➋キャリアアンカーで自己分析し、自身のタイプを認識する
キャリアアンカーの8つのタイプ
キャリアアンカーには、①~⑧の8つのタイプがあります。用意された40項目の質問票に回答して、自分のタイプを診断します。
①技術的・専門的能力志向 | ある特定の仕事のエキスパートであるときに満足感を覚えるタイプ |
②経営管理能力志向 | 組織内の統率や権限の行使に幸せを感じるタイプ |
③自主性・独立性志向 | 自分のペースと裁量で仕事を自由に進めたいタイプ |
④保障・安全性志向 | 安全で安定したキャリア構築を目指すタイプ |
⑤起業家的創造性志向 | リスクを恐れず、自分の努力による達成を目指すタイプ |
⑥他者・社会への貢献志向 | 自分にとっての中心的価値のためなら他のすべてを捨てることができるタイプ |
⑦チャレンジ志向 | 人との競争、目新しさ、変化、困難さを好むタイプ |
⑧ライフスタイル志向 | 仕事と家庭のバランスを優先するタイプ |
医師のキャリアの一般的な2つのモデル
ここでは、医師のキャリアの一般的な2つのモデルについて確認したいと思います。
- 大学での専門領域のスペシャリストを歩むモデル
- 地域の病院で臨床医としてジェネラリストを歩むモデル
➊大学での専門領域のスペシャリストを歩むモデル
大学で研究を重ね、専門性を高め、より高い役職を目指すモデルと言えます。
➋地域の病院で臨床医としてジェネラリストを歩むモデル
地域医療を担う病院の勤務医となるモデルと言えます。さらに開業を目指す道もあります。
医師のキャリアにマッチするタイプは?
大学での専門領域を極めるスペシャリストと、地域病院の臨床医として診療に貢献するジェネラリスト、この2つの道は、キャリアアンカーの8つのタイプで分けるとどれに当てはまるのでしょうか。
一般的な職業でみると、スペシャリストには「①技術的・専門的能力志向」が、ジェネラリストには「②経営管理能力志向」がマッチする傾向があります。
しかし、大学に籍を置こうが地域病院に籍を置こうが、医師として専門分野で経験を積んでいけば自然と責任も重くなり、役職も上がっていきます。
つまり、専門性が問われる医師においては、①のタイプも②のタイプも両方当てはまり、はっきり区分けされるものではないと言えるかも知れません。
また、社会の多様化や人口構造の変化、医療制度の大幅な変更に伴い、医師の職業観にも様々な考え方が出てきています。
開業を目指している医師は、「③自主性・独立性志向」や「⑤起業家的創造性志向」にタイプ分けされ、転職や臨床外への転身を目指している医師は、「⑦チャレンジ志向」や「⑧ライフスタイル志向」にタイプ分けされる傾向にあると思います。
➌自身のキャリアデザインをイメージし、設計して実行に移していく
キャリアアンカーのタイプ分けによって、自身が働くうえでゆずれないものが認識できたら、次にキャリアデザインを行います。
この十数年にあった医療制度の変更を考えると、今後も時代の変化を意識して、より若い時期からイメージしていくことが大事になりそうです。
❹キャリアデザインと異なる業務にも異議を見いだし、将来の資源にする
キャリアデザインを実行していくなかでも、想定外の仕事が必ず出てきます。それらの仕事で得られる経験等も、将来の資源として積極的に取り込んでいきます。(キャリアデザイン+キャリアドリフト)
➊~❹を繰り返すことで、知識やスキルを蓄積しながら、多様な業務を経験することで、自身のキャリアを固めていくことができます。
なお、キャリアドリフトに関しては以下の記事でも取り上げていますのでよろしければお読みください。
今回の記事のポイント
最後に、今回の記事のポイントをまとめたいと思います。
①当然、医師にもキャリア形成は必要
②時代の流れを意識してキャリア形成を考える
③より若いうちから自分のキャリアをイメージする
④考えるための予備知識を取り入れる(キャリアデザイン、キャリアドリフト、キャリアアンカー)
⑤キャリアアンカーで自身のタイプ認識→「キャリアデザイン+キャリアドリフト」の反復でキャリアを固めていく
まとめ
職種に限らず、医療者は専門特化の志向がありますが、人口動態の変化もあることからジェネラルな能力が見直されている傾向にあると思います。
そのため、今後は自身の専門性を高めるのに加え、専門以外の知識も併せて取り入れていく必要があるでしょう。
開業を視野に入れる場合でも、そうでない場合でも、今よりコミュニケーション能力を上げて、対面での患者対応力を上げることも大事になります。
今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです