地域のヘルスリテラシー向上のために医療機関ができる具体的な取組事例

2024年4月から「健康日本21(第三次)」がスタートしました。

こうした国の取り組みによる後押しもあり、個人の健康に対する意識の高まりは年々上がっているように感じられます。

個人が日常から健康に関する高い意識を持つことはとても大事ですが、その一方で、地域医療を担う医療機関に期待される役割も大きいと思います。

今回は、地域住民のヘルスリテラシー向上のために、地域の医療機関に求められる役割や具体的な取り組みについて考えていきたいと思います。

目次

日本人のヘルスリテラシーの現状を確認

ヘルスリテラシーとは?

そもそもヘルスリテラシーとはどのようなことを言うのでしょうか。

ヘルスリテラシーとは、健康や医療の情報を「入手」「理解」して「評価」「意思決定」できる力のことを言います。

それでは、なぜヘルスリテラシーが必要なのでしょうか。

それは言うまでもなく、私たち自身のヘルスリテラシーの有無が自身の健康や命に直接かかわるからです。

一般的に、ヘルスリテラシーが低い人に懸念されることは、健康診断を受けないことや、健診を受けたとしてもその健診で見つかった異常を放置したり、生活習慣の改善が必要なのに改めようとしないということがあります。

そうして自分の体を不健康な状態に放置した結果、重大な病気にかかってしまい、命に危険が及ぶことが考えられます。

日本人のヘルスリテラシーは低い

それでは、実際、日本人のヘルスリテラシーは高いのか、それとも低いのかが気になるところです。

聖路加国際大学大学院看護学研究科・中山和弘氏らの調査によると、欧州8か国、アジア6か国と日本を比較すると、日本のヘルスリテラシーが最も低い結果になったとのことです。

順位国名平均点
1位オランダ37.1
2位アイルランド35.2
3位ドイツ34.5
3位ポーランド34.5
5位台湾34.4
6位ギリシャ33.6
7位スペイン32.9
7位マレーシア32.9
9位オーストリア32.0
10位カザフスタン31.6
11位インドネシア31.4
12位ミャンマー31.3
13位ブルガリア30.5
14位ベトナム29.6
15位日本25.3
国・地域別のヘルスリテラシー平均点
(「ヘルスリテラシー 健康を決める力」サイトより引用)

参考:健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける (healthliteracy.jp)

日本人のヘルスリテラシーはなぜ低いのか?

それでは、なぜ日本人はヘルスリテラシーが低いのでしょうか。

その理由として、中山和弘氏は以下の点について指摘をしています。

  • 日本には家庭医が少ない
  • 日本には総合的な健康情報サイトが不足している
  • 日本ではテレビや新聞の信頼度が高く、インターネットの信頼度が低い

上記の理由などから、日本人は健康や医療の情報を「入手」「理解」できたとしても、他国と比べて、「評価」「意思決定」するのが難しい傾向にあるとされています。

日本人のヘルスリテラシーについては、以下の記事で詳しく取り上げていますのでよろしければお読みください。

「健康日本21(第三次)」を紐解く

前項では、日本人のヘルスリテラシーが他国と比べて低いこと、またなぜ日本人のヘルスリテラシーが低いのか、その理由について確認しました。

ヘルスリテラシーの有無は、私たちの健康や命に直接影響を及ぼす可能性があります。先ほど例に挙げたような健康無関心層に対するヘルスリテラシー向上について、日本の政府は「健康日本21(第三次)」のなかで政策として進めているところです。

ここでは、「健康日本21(第三次)」の内容について詳しくみていきたいと思います。

「健康日本21」とは?

日本政府が進める「健康日本21」とはどのような取り組みなのでしょうか。

「健康日本21」とは、2000年から厚生労働省が始めている「21世紀における国民健康づくり運動」のこと言います。

参考までに、これまで国が行ってきた健康増進のための主な取組を以下の表にまとめてみたいと思います。

西暦取組内容
1978年第1次国民健康づくり
(健康診査の充実、市町村保健センター等整備、保健師等人材確保)
1988年第2次国民健康づくり
(健康診査の充実、市町村保健センター等整備、保健師等人材確保)
2000年第3次国民健康づくり
「健康日本21」開始
(一次予防の重視、具体的な目標設定とその評価)
2003年健康増進法施行
2011年「健康日本21」最終評価
スマート・ライフ・プロジェクト開始
2013年第4次国民健康づくり
「健康日本21(第二次)」
(健康寿命の延伸・健康格差の縮小を目標、背活習慣に加え社会環境の改善を目指す)
2022年「健康日本21(第二次)」最終評価
2024年第5次国民健康づくり
「健康日本21(第三次)」
日本における健康増進の取り組みの経緯
(厚生労働省「スマート・ライフ・プロジェクト」サイトを参考に筆者まとめ)

上記の表のとおり、「健康日本21」は2000年の第3次国民健康づくりの一環としてスタートしています。

そして、2011年の「健康日本21」最終評価を経て、2013年には「健康日本21(第二次)」が始まります。

その後「健康日本21(第二次)」は2022年に最終評価を終え、2024年度から今回のテーマとなる「健康日本21(第三次)」が始まるといった経緯をたどります。

なお上記の資料にある「スマート・ライフ・プロジェクト」に関しては、以下の記事でも取り上げていますのでよろしければお読みください。

健康日本21(第三次) | 健康イベント&コンテンツ | スマート・ライフ・プロジェクト (mhlw.go.jp)

「健康日本21(第三次)」の全体像

ここでは、「健康日本21(第三次)」の全体像について確認していきたいと思います。

この「健康日本21(第三次)」(2024年~2035年予定)は、「健康日本21(第二次)」の課題を踏まえ、以下のような全体像を掲げて進められています。

「健康日本21(第三次)」の全体像
  • 基本方針は、「健康寿命の延伸」と「健康格差の縮小
  • そのために、「個人の行動と健康状態の改善」、「社会環境の質の向上」、「ライフコースアプローチを踏まえた健康づくり」が必要
  • 「誰一人取り残さない健康づくり」を推進し、「より実効性をもつ取組の推進」に重点を置く

「健康日本21(第三次)」の新たな視点

前掲のとおり、「健康日本21(第三次)」の基本方針は、

  • 健康寿命の延伸
  • 健康格差の縮小

の2点であることが確認できました。

この2点の基本方針を含む全体像に、さらに新たな視点として次の2項目を掲げています。

「健康日本21(第三次)」の新たな視点
  • 自然に健康になれる環境づくり
  • 健康経営、産業保健、食環境イニシアチブに関する目標を追加

新たな視点➊:自然に健康になれる環境づくり

「健康日本21(第三次)」における新たな視点の1つ目は、「自然に健康になれる環境づくり」です。

これは、健康に関心の薄い人、いわゆるヘルスリテラシーの低い人を含めて、本人が無理なく健康な行動をとれるような環境をつくっていくものです。 

新たな視点➋:健康経営、産業保健、食環境イニシアチブに関する目標を追加

そして、「健康日本21(第三次)」における新たな視点の2つ目は、「健康経営、産業保健、食環境イニシアチブに関する目標を追加」することです。

これは、行政だけではなく、健康に関係する様々な主体と連携して目標設定等を行い、国民の健康づくりの取組をさらに進めていこうとするものです。

国任せでは個人の健康は守れない

「健康日本21(第三次)」では、これらの取組により、「全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」を図ることを目標としています。

新たな視点のひとつに「自然に健康になれる環境づくり」を国は掲げていますが、当然、国任せでは個人の健康は守れません。

国民が健康になるには、私たちひとりひとりのヘルスリテラシー向上が必要不可欠となります

地域のヘルスリテラシー向上には、プライマリ・ケアが必要不可欠

かかりつけ医機能報告制度とプライマリ・ケア

地域の医療機関が意識しなければいけないことに、2025年4月から始まる「かかりつけ医機能報告制度」があります。

かかりつけ医機能報告制度は、2023年の通常国会で法改正が決まりましたが、その主旨からすると、国は地域の医療機関に対して、その地域におけるプライマリ・ケアを期待しているものと言えます。

このことからも、地域住民のヘルスリテラシー向上のために、地域の医療機関が果たす役割があると言えそうです。

次項から、プライマリ・ケアの内容について詳しくみていきたいと思います。

プライマリ・ケアとは?

そもそもプライマリ・ケアとはどのようなことを言うのでしょうか。

一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会によると、プライマリ・ケアとは、「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」とされています。

引用:プライマリ・ケアとは 日本プライマリ・ケア連合学会 (primarycare-japan.com)

プライマリ・ケアには5つの理念がある

また、このプライマリ・ケアには5つの理念があります。

そしてこの5つの理念には、以下の表のとおりそれぞれ役割が示されています。

理念役割
I. Accessibility
近接性
地理的
経済的
時間的
精神的
II. Comprehensiveness
包括性
①予防から治療,リハビリテーションまで
②全人的医療
③全科的医療
④小児から老人まで
III. Coordination
協調性
①専門医との密接な関係
②チーム・メンバーとの協調
住民との協調
④社会的医療資源の活用
IV. Continuity
継続性
①ゆりかごから墓場まで
②病気の時も健康な時も
③病気の時は外来·病棟·外来へと継続的に
V. Accountability
責任性
①医療内容の監査システム
②生涯教育
③患者への十分な説明
プライマリ・ケアの5つの理念
(出典:日本プライマリ・ケア連合学会ホームページ)

上記のとおり、プライマリ・ケアには5つの理念とそれぞれの役割がありますが、地域の医療機関が果たすべき役割がどこにあるのか、考えてみたいと思います。

近い存在だからこそ

Ⅰの「近接性」の理念では、①地理的、②経済的、③時間的、④精神的、な役割が期待されています。

普段の治療で患者と直に接することができる近い存在だからこそ、地域の医療機関はプライマリ・ケアの実践を求められることになります。

さらなる高齢化の進展により、今後も物理的な距離の近さによる「かかりやすさ」が重視されることになるでしょう。

地域住民と協力して健康問題に取り組んでいく

また、Ⅲの「協調性」の理念では、「住民との協調」の役割が求められています。

プライマリ・ケアの理念においても、地域の医療機関に「地域住民と協力して健康問題に取り組んでいくこと」として役割が示されています。

情報過多の時代に、偏った情報や、誤った情報をそのまま鵜呑みしてしまう患者も少なくないと思いますので、地域の医療機関として患者に正しい情報を伝えていくことが重要です。

プライマリ・ケアの実践が地域のヘルスリテラシー向上の基盤に

プライマリ・ケアの5つの理念でも示すとおり、地域の医療機関に求められるプライマリ・ケアを実践することこそが、地域住民のヘルスリテラシー向上の基盤になると言えるでしょう。

次項では、地域のヘルスリテラシー向上に資するために、地域の医療機関が実践できる取り組みについて考えたいと思います。

地域のヘルスリテラシー向上のための3つの取組

ここで一旦、これまでみてきたことを簡単に整理したいと思います。

  • 日本人のヘルスリテラシーは他国に比べて低い
  • その理由のひとつとして「日本には家庭医が少ない」ことが挙げられる
  • 日本人は健康情報に対して評価、意思決定するのが苦手
  • 健康日本21(第三次)の基本理念は「健康寿命の延伸」と「健康格差の縮小」
  • 健康日本21(第三次)の新たな視点は「自然に健康になれる環境づくり」
  • 国は地域の医療機関に対してその地域におけるプライマリ・ケアを期待している
  • プライマリ・ケアの理念「近接性」・「協調性」からみても地域住民に対する役割があるはず
  • プライマリ・ケアを実践することこそが地域住民のヘルスリテラシー向上の基盤になる

上記のとおり、地域の医療機関が地域住民のヘルスリテラシー向上に対して果たすべき役割を担っていることが確認できたと思います。

それでは、実際に医療機関はどのようなことができるのでしょうか。

ここでは、以下の3つの取組からその方策について考えてみたいと思います。

  • まずは通常の診療時から患者と向き合う
  • 自院でセミナー開催
  • 行政主催のイベント参加

取組➊:まずは通常の診療時から患者と向き合う

まず始めに、個別の医療施設の取組として大事なことは、通常の診療時からかかりつけ医として、じっくり患者と向き合うことだと思います。

患者は医師や医療従事者とのコミュニケーションを求めています。コミュニケーションの質と量でかかりつけ医を決めていると言っても言い過ぎではないでしょう。

医療機関の口コミサイトで頻出の言葉は、「優しい」、「安心」、「丁寧」です。とにかく患者は自分の話を聞いてもらいたいのです。

しかしそのようななかでも、患者の状態についてしっかり指摘してくれる医師の評価も高いと言えます。

大手口コミサイトのコメントを2つ紹介したいと思います。

  • 先生がとても丁寧で真面目な方。手厳しいことをさらっといわれるがかかりつけ医として最高の先生。
  • 近所の内科のなかで一番好き。先生が余計なことを言わずにわかりやすく説明してくれる。安心できるから他に移らず通っている。信頼できる優しい先生。

上記2件は東京都内にある別々のクリニックに対するコメントです。どちらも医師と患者の信頼関係がうかがえるコメントだと思います。

こうした医師と患者の確かな信頼関係から、患者やその家族、またその地域のヘルスリテラシー向上に広がっていくのではないでしょうか。

なお、医療機関におけるコミュニケーションの重要性や、医療機関の評価ポイントについて、以下の記事で詳しく取り上げていますので、よろしければお読みください。

取組➋:自院でセミナー開催

次に地域の医療機関の取り組みとして考えたいのは、自院や公共施設で行う市民公開講座やセミナー開催です。

こうした公開講座やセミナーの開催には、患者や住民のヘルスリテラシー向上に貢献できることに留まらず、診察以外でかかりつけ患者と定期的に接点を持つことができるというメリットがあります

筆者自身の経験を言いますと、病院勤務時代に市民公開講座を年に4回、自院の外来ホールで開催していたことがあります。各診療科が持ち回りでテーマを決め、医師とコメディカルのコラボ形式で、1回につき100~150名の来場者を集めて講演を行っていました。

診察室とは違うスタッフの一面を患者に見てもらうことができるので、スタッフとの距離が近くなり、患者との関係性強化が図れるいい機会になったと言えます。

取組➌:行政主催のイベント参加

医療機関の取り組みの最後に、自治体や行政関係機関が主催するイベントへの参加が挙げられます。

こうした地域のイベント参加をとおして、地域のヘルスリテラシー向上に貢献することもできます。

その一例として、東京都の立川市医師会が主催する「医療・介護フェス」が参考になります。医師会の他、薬剤師会や訪問看護事業者連絡会、地域の病院などの医療関係機関が参加する毎年恒例のイベントです。

医療関係団体に加え、立川市、保健所、警察、消防や地元の信用金庫などの民間企業まで、様々な関係主体が医療・介護のテーマのもとにブース出展します。

このイベントでは、特設ステージで健康に関するセミナーを行うほか、個別ブースでは血圧測定や簡易的な認知症検査などが行われます。また、クイズや風船の配布など、家族で楽しめる催しもあります。

イベント全体をとおして、地域住民が自分の健康のこと、家族の健康のことを知ることができる貴重な場となります。

また、医療従事者と地域住民が直にふれあい距離を縮めることができるため、医療機関側のPRにもなり地域住民と医療機関双方にとってメリットになるイベントだと言えます。 

地域のヘルスリテラシー向上の取組がもたらすメリットとは?

前項まで、医療機関が地域住民のヘルスリテラシー向上に関して提供すべき役割について考えてきました。

それでは最後に、医療機関が行う取組によってどのようなメリットがもたらされるかについて考えたいと思います。

ここでは、以下のとおり

  • 医療機関へのメリット
  • 医療資源へのメリット

の2つに分けて考えていきたいと思います。

医療機関にもたらす6つのメリット

始めに、医療機関にもたらされるメリットについて挙げていきたいと思います。

医療機関へのメリット
  • 地域住民とのコミュニケーション向上により住民からの認知度が上がる
  • 新規患者の増加が見込め家族単位でのかかりつけ医としての可能性が上がる
  • 受診時のコミュニケーションを密にすることで継続受診してもらえる
  • かかりつけ患者や地域住民のヘルスリテラシーが向上する
  • 予防接種やがん検診など保健予防活動の利用向上につながる
  • 地域住民全体が健康になり国が推進する「健康寿命延伸につながる

上記のとおり、地域住民とのコミュニケーションの量と質を増やすことで、自院の患者数の維持や増患につながりますし、ひいては地域のヘルスリテラシー向上や健康寿命延伸の効果まで期待することができるでしょう。

医療資源にもたらす4つのメリット

次に、医療資源の観点から見ると、地域の医療機関の取り組みから以下のことが期待できると思います。

医療資源へのメリット
  • 各地域でヘルスリテラシー向上の取組を継続させることで不必要な医療提供が減る
  • 本当に必要な患者へのベッド提供が可能になる
  • 特に休日・夜間の救急患者が抑制され医療従事者の負担が軽減する
  • 医療資源の効率的活用により長期的には医療費縮減が期待できる

このように長期的な視点でみると、個々の医療機関の取組が地域の医療従事者の負担軽減や医療費縮減など、社会が抱える大きな課題の解決の糸口にまでなる可能性があると言えます。

なお、医療資源の大切さについて、以下の記事で詳しく取り上げていますのでよろしければお読みください。

まとめ

今回は、地域住民のヘルスリテラシー向上のために、地域の医療機関に求められることや具体的な取り組みについて考えてきました。

これらは地道で労力のかかる取り組みだと思いますが、医療従事者が直接対面で地域住民とコミュニケーションが図れる有意義な機会になります。

医療機関がこうした取り組みを継続していくことで、地域のヘルスリテラシーが少しずつ向上し、私たち地域住民が長く健康でいられる社会ができるのではないかと思います。

今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。

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この記事を書いた人

吉澤社労士事務所代表。社会保険労務士、日本FP協会AFP認定者。医療機関で25年間事務職に従事。総務、経理、医事、健診部門など幅広く経験を積み、2024年4月に独立。地元・東京都日野市にて医療機関専門社労士として活動中。
医療機関に役立ちそうな情報を発信していきますので、今後ともよろしくお願いします。

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