日本はストレス社会の象徴とも言われています。
日本人は和を重んじ、目上の人を敬い、我慢することを美徳としています。そんな日本人の長所が、大人から子供に至るまでストレスを抱えさせる要因になっているのかも知れません。
ストレスとうまく付き合う、ということも言われますが、実際には世の中メンタル不調を抱える人が増加傾向にあるようです。
医療従事者は特にストレスを抱えやすい職種と言えます。特に看護師は、一人に係る仕事量が多いことに加え、自身で仕事のコントロールがしづらいという業務の特性上、精神的なストレスがかかりやすいと言われています。
今回は、看護師に対するストレスマネジメントの重要性と、医療機関の対策について考えたいと思います。
ストレスの正体を知る
医療従事者にとってストレスマネジメントは、自身が働いていくうえでの重要課題となります。その課題を克服するには、ストレスの正体を良く知る必要があります。
まず始めに、ストレスの基礎知識についてみていきたいと思います。
ストレスとは?
厚生労働省のe-ヘルスネットによると、そもそもストレスとは、「外部からの刺激などによって体の内部に生じる反応のこと」を言います。
そのストレスの原因となる外部の刺激のことを「ストレッサー」と呼びます。ストレッサーには、暑さや寒さ、睡眠不足、職場や家庭での不安や怒りなどがあります。
ストレスは、ストレッサーによる非常事態に備えるための、からだの防衛反応と言えます。ストレスを過剰に受けると、心身に症状や兆候が現れます。それが示されたら早めの対応が必要になります。
ストレス・コーピングとは?
ストレス・コーピングとは、ストレス反応を低減、もしくは現状より増大するのを防ぐことを言います。「コーピング」には「対処」という意味があります。
ストレス・コーピングは大きく2つに分けられます。
ストレス・コーピング
①問題焦点型
ストレスの原因自体と直接向き合い、解決策を考え実行に移していくもの
例えば、セミナーで解決策を学ぶことなど
②情動焦点型
ストレスからくる情動的苦痛を弱めて、解消していくもの
例えば、友達に話して楽になることなど
ストレスを対処するポイントは、「質より量」
カウンセラーの岩崎久志氏は著書のなかで、「ストレス・コーピングは同時に複数使われることがあり、どれが良いというものではありません。」と伝えています。
そして、ストレス・コーピングのポイントとして以下のことを伝えています。
ストレス・コーピングのポイント
●「あまり大げさに考えないで色々試してみる」
●「気分転換できる為のツールを身近に用意しておく」
●「大事なのは質より量」
参考:岩崎久志著「ストレスとともに働く」(晃洋書房)
看護師業務に伴うストレスの主な原因
それでは、看護師が抱えるストレスの原因は、具体的にどこにあるのでしょうか。
ここでは、以下の記事でも取り上げた日本医療労働組合連合会の「2022年看護職員の労働実態調査「報告書」」のデータを参考に、看護師のストレスの原因について考えていきたいと思います。
長時間労働
常に人手不足の職種なので、勤務中は時間に追われ、1人当たりの仕事量が多く時間外勤務が多いことがストレスの原因になっています。
日本医療労働組合連合会がまとめた「2022年看護職員の労働実態調査「報告書」」によると、時間外労働が多いほどストレスを感じる、という調査結果が示されています。
交代制勤務
交代制勤務が多いため、生活が不規則になることもストレスの要因になります。
前掲した日本医療労働組合連合会の「報告書」によると、日勤のみの勤務形態の看護師より、交代制勤務の看護師の方がストレスを感じる、という調査結果が示されています。
患者やその家族との関わり
患者やその家族から過度な要求や、威圧的な態度を取られることがストレスの原因になっています。
前掲した日本医療労働組合連合会の「報告書」によると、患者や家族からのクレームに対して75%の看護師がストレスを感じている、という調査結果が示されています。
また、年齢や勤務年数が上がるにつれてストレスを強く感じている人の割合が多い、との調査結果も示されています。これは、ベテラン層や師長などの管理職が患者や家族のクレームに対応をする機会が多いことを示しています。
職場の人間関係
看護師同士の人間関係であったり、医師や他職種との人間関係がストレスの原因になっています。
前掲した日本医療労働組合連合会の「報告書」によると、によると、看護師のストレス要因として3番目に高い理由が、この「職場の人間関係」となっています。
医療は多職種連携により業務が進みますが、その中でも患者との関りが深くなるのは看護師になります。一人の患者対応について、医師などとの関りも含めて、精神的な負担がよりかかることになるのは看護師なのかも知れません。
高い責任感とプレッシャー
人命に関る看護師という仕事そのものに対する責任感と、それによるプレッシャーがストレスの原因になります。
前掲した日本医療労働組合連合会の「報告書」によると、看護師のストレス要因として2番目に高い理由が、「仕事の質の問題」となっています。
また、人手不足により業務が過密となり、自分が望む看護の提供ができないというジレンマもこれに含まれるかもしれません。
ストレスマネジメントの方法
ここまで、医療現場におけるストレス要因についてみてきました。
それでは、実際に、私たちがストレスを感じたときは何を考えればいいのでしょうか。
メンタルヘルスの4つのケア
ここでは、厚生労働省が「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で示す4つのケアについて取り上げたいと思います。
「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で示す4つのケア
①セルフケア
労働者が、自身のストレスのことを知り、予防や対処を行い、健康の保持増進に努めること
②ラインによるケア
職場の管理職が、職場環境の改善や従業員のメンタル不全の気づき相談を行い、産業医との連携を図ること
③事業場内産業保健スタッフ等によるケア
職場の産業医などの健康管理室が、随時の相談や職場復帰の判定を行うこと
④事業場外資源によるケア
職場外の専門機関から、メンタルヘルスの支援を受けること
EAP(従業員支援プログラム)など
セルフケアがストレス対策の第一歩
このように4つのケアがありますが、まずは、自分自身が行うセルフケアがストレス対策の第一歩となります。組織任せにせずに、自身でストレスに気づき、コーピングの方法を得て、過重労働やメンタル不調にならないような心掛けが大事になります。
厚生労働省が運営する「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」に、セルフケアの具体的な方法が掲載されていますので紹介します。
セルフケアの具体的な方法
①リラクセーション
②ストレッチ
③適度な運動
④快適な睡眠
⑤親しい人たちと交流
⑥笑う
⑦仕事から離れた趣味を持つ
なお、④にあるEAPは、従業員が自分の悩みを職場の人に知られずに専門家に相談できる仕組みで、導入する企業が増えてきているようです。
医療機関が考えるべき看護師のストレスマネジメント
職場の約半数を占める看護師のストレスマネジメントは、医療機関にとって積極的に推進していく重要課題となります。
ここでは、医療機関が看護師に対してどのようにストレスマネジメントを実践していくのか、その方策について考えていきたいと思います。
①相談窓口や支援体制の充実
院内の支援体制を充実させることは、医療機関がまず始めに考えなけらばならないことです。メンター制度やEAP(従業員支援プログラム)を導入することで、早期にスタッフが抱える悩みを軽減することができます。
また、メンタルヘルス研修を定期的に実施することで、自分を大切にしながら働くことの重要性やセルフケアの方法をスタッフに啓蒙することが重要です。その際には、自院の支援体制に関するアナウンスを繰り返し行い、制度の利用を促していきます。
②業務量の軽減
看護師がストレスの原因として最も多く挙げるのが、「仕事量の問題」です。人手不足が原因であれば、まずは人材確保から、というのが根本的なストレス対処の方策となります。
長時間労働を強いることがないよう必要数を配置し、働きやすい職場にして離職防止を図ることが医療機関としての責務です。
また、業務の生産性を高めて、時間外労働を減らす努力も必要です。上から超過勤務の抑制を求めるのではなく、スタッフレベルで工夫して徐々に減らしていけるよう促すことが大事です。
③コミュニケーションの活性化
「職場の人間関係」が看護師のストレス要因として上位に挙げられます。上司や同僚との関係、医師との関係のこじれがストレスの原因だと想像されます。
上司との関係で言うと、日頃からの声掛けや、定期面談、1 on 1をとおしてスタッフの声に耳を傾ける必要があります。
職場内コミュニケ―ションを活発に取り、心理的安全性を高めることも重要です。
また、医師などの他職種に向けて看護師の仕事を理解してもらう取組も重要になります。例えば自部署のメンバー紹介から業務内容、取り組んでいることなどを院内報などで発信することもひとつの方法でしょう。
④キャリア支援の充実
「仕事への適正の問題」も看護師のストレス要因として上位に挙げられます。定期面談では、上司とスタッフ本人と共にキャリアの方向性をつくる気持ちが大事になります。それには、スタッフ一人一人の声に耳を傾け、スタッフ自身が考えるキャリアの志向を汲み上げる必要があります。
管理職ともなると現場対応もマネジメント業務も忙しく、面談の時間もなかなか取れないと思います。ただ、一人のストレスは他のスタッフへ影響しやすいため、一人一人と向き合う時間を大切にすることが大事になります。
成功事例に学ぶストレスマネジメントの取り組み
メンタルヘルスに関する医療機関の取組事例が、厚生労働省が運営するサイト「いきさぽ」に掲載されていますので、ここで紹介したいと思います。
【事例病院】
大阪市立総合医療センター(大阪府大阪市・975床)
【テーマ】
「院内健康管理室での心理相談の周知と実施」
【取組内容】
①「心の健康づくり計画」を策定し、組織的・計画的にメンタルヘルス対策の取組を行っている。
●医療安全ポケットマニュアル(冊子)に健康管理室での健康相談の案内を記載して職員全員に周知している。
●年2回、全国安全週間と全国労働衛生週間のテーマの一つとして健康管理室での心理相談の案内のリーフレットを職員全員に配布し、周知している。
②健康診断の事後措置(医療上の措置、就業上の措置、保健指導等)を実施している。
●職員本人またはその上司の希望、依頼があれば健康管理室での心理相談に応じている。
●定期健康診断の事後措置の一つとして、自覚症状に関する問診票で抑うつのチェック項目に〇を付けた職員に対して、健康管理室での面談を実施している。
【実施後の成果】
①面談件数が増加した。2018年度の心理相談件数は延べ670件であった。
②メンタルヘルス不調の予防、早期発見に一定の効果があったと考える。2018年度の面談は74件であった。
【院内の声・反応】
●職員本人からだけでなくむしろ部署責任者(職員本人の上司に当たる)からの相談や連絡が増えて健康管理室の保健師に日常的に面談依頼が入るようになり、件数が増えてきている。
●看護師の相談件数が多く、2018年度は全体の71%を占めているが、その理由は職員数が最も多いだけでなく業務の繁忙度の高さとコントロール度の低さ等によるストレス度の高さが関係している。
まとめ
ここまで、看護師に対するストレスマネジメントの重要性と、医療機関の対策について考えてきました。
医療従事者のなかでも、看護師は日常の業務自体からストレスを抱えやすい職種ということがわかりました。
看護師としては、何より自分を大切にすること、セルフケアの知識を取り入れ、積極的に職場の支援制度を活用し、心の健康を保ちながら働いていくことが重要になります。
医療機関としては、まずは人材確保が急務となりますが、院内の支援制度を充実させながら、より働きやすい職場環境を整備して、看護師の長期的なキャリア形成を支援していくことが重要です。
今回の記事が、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。